第23話 夏祭り(4)

「柚さん、浴衣似合ってますね!」


「そう? ありがとう。

 でも、椎奈ちゃんもすっごく似合ってるよ」


 俺は後ろを向くと、いつものテンションでそう言った。


 それに1つ気づいたことがある。


 どうやら俺は、何も考えられないこの現状を心地いいと感じてしまうらしい。


 これはきっと、だらけ気質な俺ならではの感性なんだろう。


 うーん、そうだな。

 例えるなら、サウナで整ってるみたいな……まぁ、行ったことないから分かんないけど。


 (し、椎奈ちゃん!? 今、椎奈ちゃんって呼んでたよね!? 柚と椎奈ちゃんって、そんなに仲良かったっけ……?)


「あ、ありがとうございます!」


 (は、初めて名前呼んでもらっちゃった……! それに今日の柚さん、いつも以上にクールでかっこいい……!)


 全員が平静を装う中、ただ1人、ヒロだけは不思議そうな目で俺を見つめていた。


 (今日の柚、なんかいつもと様子が違うような……?)


 確かに、俺は進んで先頭を歩くタイプじゃない。

 その違和感にヒロは引っかかっているのだろう。


「なぁ柚、もしかしてだけどさ……」


 って、おいおいおいおい……!


 嘘だろ? ここで聞く気か?

 頼むから、言葉だけは選んでくれよ……!?


「花火めっちゃ好きだろ?」


 ・・・はっ?

 ヒロのその言葉を聞いた瞬間、俺は笑ってしまった。


 だって、あまりに予想外だったから。


「なっ……!? ちょっ柚、なに笑ってんの!?」


「いや、ヒロは面白いなって思って」


 こんなヒロだからこそ、俺はずっと友達でいられる。

 そう確信した瞬間だった。


 一方その頃、女の子組は……。


「ね、ねぇ、椎奈ちゃん」


「はい?」


 小さな声で何やら話をしていた。


「いや、あ、あのね、特に深い意味とかは無いんだけどね、柚とはー、そのー、よく遊んだりするのかなーって……」


 誰が見ても気づく。

 今のあゆはいつものあゆじゃないって。


 なぜなら、普段のあゆは絶対に相手の目を見て話をするし、経っている時こんなにソワソワしない。


 柚の知らないところで、あゆの心情にも変化が起きている。

 彼がその事に気づくのは、いつになるのか。

 それはまだ誰も知らない。 


「そ、そんな、遊ぶだなんて……!?」


 (あっ、これ大丈夫なやつだ)


 顔を赤らめる彼女を見て、あゆはほっとした。

 この分ならそこまで心配する必要はない、そう判断したから。

 しかし……。


「まぁ1回だけ、家にお邪魔したことはありますけど……」


 この事実は揺らがない。


 (い、家に!? こんな可愛い子が柚の家に!? それってまずくない!?)


「へ、へぇ、そうなんだ。

 な、何をしたとか聞いてもいい……?」


 (お願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いします)


「実は……クッキーの作り方を教えてもらおうと思って、柚さんのお母様のところに行ったんです」


「えっ、可愛い……」


 結果だけを見れば、何も無かったで終わる。

 でもこれはこれで、「女子力高いね」とか、「俺の分も作って欲しいな」とか、柚に何らかの印象を与えたかもしれない。


 そう思うと、あゆは何とも言えない気持ちになった。


「ねぇ2人とも、お腹は空いてる?」


 そこへ俺登場。


「ま、まぁ、空いてるかな……!?

 ねっ、椎奈ちゃん!?」


「は、はいっ……!?

 空いてます!?」


 あっ、そんなにお腹空いてたんだ。


「分かった。なら、まずは屋台回ろっか」


「「「うん!」」」


 ・・・で、なんでこうなった?


 なぜか、俺の隣にはあゆ1人だけ。

 今日の必須人材ヒロは、妹を連れどこかへ行ってしまった。

 気まずい……。


「あゆ」


「ひゃい!?」


 あー、こりゃだめだ。


「焼きそばでも食う?」


「うんっ、焼きそばで!」


 屋台に向かうため、俺とあゆは人で溢れかえった道を進む。


「流石は花火大会、人やばいね」


 俺の声は、人混みの中へ孤独に消えた。


 あれ、返事が……ない!?


「あゆ!?」


 進む人と戻る人。

 ところどころ道は見えるものの、横切る人によってその道はすぐに絶たれてしまう。


「あっ、柚、待って……!」


 声が聞こえた瞬間、俺は振り返る。

 すると俺の視界に、人と人に挟まれ、今にも飲まれてしまいそうなあゆが視界に映った。


 この距離なら、ギリ届くか……?

 いや、俺があゆを守らないと!


「大丈夫、離さないから」


「……えっ」


 無理やり身体を捻った俺は、あゆの手を掴み、自分の元へ引き寄せた。


「痛てて……大丈夫?」


「うん」


「よかった、じゃあ行こっか。

 俺の浴衣掴んでもいいからさ、絶対ついてきてね。

 あゆがいなくなったら俺、不安になっちゃうから」


 それは心からの本音だった。


「うん、分かった。私も離さないから」


 その時、あゆが嬉しそうな笑顔を浮かべていたことに、俺は気づかなかった。


 しばらく歩くと、焼きそばの屋台についた。

 それにしても、すごい行列だ。


「500円のやつでいい?」


「うん、大丈夫。

 あと、さっきの柚……かっこよかったよ」


 (私はてっきり、告白されたのかと思ったよ……ちょっと喜んじゃったし)


 無事に焼きそばを買う事ができた俺とあゆは、花火を見る場所探しに向かった。


 2人の行方に関しては、LIMEの返信が無いため分からない。


 果たして、2人はどこに行ってしまったんだろう。


 俺はあゆが嫌いだ。

 守らなきゃと俺に思わせる、そんなあゆが嫌いだ。

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