第39話 反撃の時
二体の悪魔がイザーに襲い掛かろうとしているところを止めようとしてアスモデウスの意識がそれた瞬間を狙ってイザーはアスモデウスの方をガッチリと掴んでいた。
その細い腕のどこにそのような力があるのかと思うくらいに力強くアスモデウスの肩を掴むその指は穴が開いてしまうのではないかと思うくらいに深く食い込んでいた。
イザーはそのまま右手でアスモデウスの顔を掴もうとしたのだが、さすがにそれはアスモデウスの抵抗にあって掴むことは出来なかったのだ。
イザーが顔をアスモデウスから野城君の方へ向けたと同時に真っ赤な光が野城君を襲っていた。
その光にわずかに遅れて強い衝撃を受けて倒れそうになったのだが、何とか体勢を立て直してゆっくりと目を開けると、そこには上半身が吹き飛んでいるアスモデウスの姿と左腕が無くなっているイザーの姿があった。
イザーは無くなった左手を支えるように右手を動かしているのだが、野城君の目には右手しか見えない。イザーの左手は先ほどの爆発で吹き飛んでしまったのだろう。
そのままイザーや左足を引きづりながらゆっくりと野城君に向かって歩いていた。
野城君もイザーに近付こうと思ってはいたのだが、不思議な感情に襲われてしまってその場から動くことは出来なかった。
「ちょっと威力を間違えてしまったかも。でも、手加減して逃げられたら後が大変だし、今回はこれで良しとしようかな。野城君があの悪魔をけしかけてくれて助かったよ。あのままだったら私はじりじりと追い詰められてけていたと思うしね。本当にありがとうね」
「俺は何もしてないよ。ただ見守っていただけだから」
「そういう事にしておかないといけないんだったね。観測者で傍観者である野城君は私たちの戦いに関わっちゃいけないんだもんね。でも、君がいてくれて助かったよ」
「だから、俺は何もしてないって」
「あはは。今回だけじゃなくて、珠希ちゃんを学校に行くように導いてくれたでしょ。それの方が私的にはありがたいって思うんだよ。こんな姿を見たら珠希ちゃんもビックリしちゃうと思うしね」
野城君は観測者という立場上、この世界の出来事に深くかかわることは禁止されている。自分が何か影響を与えてしまった事でこの世界の未来を変えてしまう事は絶対に避けなければいけない決まり事なのだが、イザーの話を聞いていると工藤珠希に色々と教えたこと自体がこの世界を変えてしまうきっかけになってしまっているように思えてならない。
ただ、そんな事は無いと自分に言い聞かせることで何の影響も与えていないと思うことにしているのだが、あれほど実力差があったイザーとアスモデウスの戦いの結末を変えてしまったのが自分ではないのかという思いも少なからずあったのだ。
「野城君は気にしすぎだよ。そこまで気にする事でもないと思うんだけどね。だってさ、私もアスモデウスもこの世界の住人じゃないんだよ。この世界に関係ない二人の戦いに手を出したとしたって野城君が大切にしているこの世界に何の影響も与えていないと思うんだけどな」
「その考えもあるかもしれないけど、俺としては珠希ちゃんに助言したこともまずかったんじゃないかなって思ってるんだよ。あのまま珠希ちゃんの意思を尊重してイザーちゃんの戦いを最初から見せてあげるって道もあったと思うんだよね」
「それは良くない道だね。私がサキュバス達と戦ってるところを見ちゃったとしたら、珠希ちゃんはきっと私と距離をとってしまうんじゃないかな。それは私が負けるよりも辛いことだからね」
「辛いことって、失った左手の事は後悔してないの?」
「全然してないよ。左手一本失った程度でアスモデウスを一人で撃退することが出来るなんて幸運以外の何物でもないからね。後悔するとしたら、あの爆発を小さくして逃げられたときかな。ちゃんと命を奪うくらい爆発させなくちゃアスモデウスは逃げ出しちゃいそうだもんな。でも、今回の事で私が左手を犠牲にすることでアスモデウスを確実に殺すことが出来るって気付いたのは良いことだよね?」
「掴めば絶対に勝てる。それって凄いことだと思うけど、さっき以上に掴まれないように必死になって逃げ回るんじゃないかな?」
「その辺はみんなに協力してもらって行動するだけでいいと思うよ。アスモデウスをどこかに追い詰める事さえ出来ればあとは私が掴むだけだからね。そんな簡単な仕事でお金がもらえるなんて世の中は幸せなことで満ち溢れているとすら思えるよ」
無くなった左腕をさするように右手を動かしてはいるのだが、そこには何も無いという事を自覚したイザーは少し悲しそうな顔をしていた。
左腕を失う代わりに得た勝利はどのような感覚なのだろうか。自分がイザーの立場であったとして、体の一部を犠牲にして相手を倒すことなんて普通の神経では無理な気がしていた。
この世界ではドクターポンピーノが死んだとしても死ぬ前と同じような形で生き返らせてくれるという事がわかっているのだが、それでも自分の体の一部を犠牲にして勝利を手に入れることが出来るとは思えないのだ。
「もう少しで珠希ちゃんが戻ってくると思うんだけど、こんな姿を見たらビックリしちゃうかな?」
「ビックリすると思うけど、それ以上に心配しちゃうんじゃないかな。珠希ちゃんはイザーちゃんがこんな風になってるなんて思わないだろうし」
「まあ、その辺は野城君が上手く説明しておいてね。私はちょっと体を癒すことに集中したいからさ」
イザーちゃんは左腕をさするような仕草を繰り返していたのだが、そこには本来あるべきものは存在していないのだ。
それでも、何度もさすっている姿を見ていると腕が生えてきているのではないかと言う錯覚におちいってしまっていた。
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