第37話 観測者
工藤珠希を見送ったすぐ後にイザーの後を追った野城君は驚愕の光景を目の当たりにすることになる。
戦闘を開始して僅か数分も経っていないと思われる状況なのにもかかわらず、そこかしこにサキュバスの死体が転がっていて生存者の方が少ないのではないかと思ってしまう程であった。
いくら生身の戦闘に慣れていないとはいえ、この世界でそれなりに渡り歩いてきたサキュバス達が何の抵抗も出来ないまま蹂躙されている姿は現実感のない不思議な感覚で見ることしか出来なかった。
中には戦う事に自信があるサキュバスもいたようではあるが、イザーに触れる前に命を奪われてしまっている。そんな感じで実力差があり過ぎるがゆえに、誰一人として抵抗することも出来ずに一方的にサキュバスの命が減っているだけである。
圧倒的な力の差を前に何を記せばいいのかわからなくなってしまった野城君は見たままの光景を記録しているのだが、どのように言葉を選んだとしても全てが嘘くさく感じてしまっていた。
それくらいにありえない出来事が目の前で繰り広げられているという事の証拠になるのかもしれない。
一方的な力の押し付けに近い戦いではあったが、蹂躙する側のイザーにとっても納得のいくものではなかったのか、はたまた戦い足りないという思いが残っているのかわからないがイザーはサキュバスの死体を生贄に捧げて三体の悪魔を召喚してしまった。
悪魔のうち一体は野城君の事を興味深そうに観察していたのだが、自分に対する悪意に近い感情を向けてくるイザーに視線を戻すと他の二体の悪魔と同時に攻撃を仕掛けていた。
三対一の殴り合いになってしまったので完全にイザーは後手に回ることになるのだが、三体の悪魔が反撃の暇を与えないようにタイミングを合わせて攻撃をしていたこともあってイザーは攻撃を避けるだけで精一杯であった。
なぜそのタイミングできた攻撃を避けることが出来るのか不思議ではあったが、多くの世界を渡り歩いて生き残ってきたイザーの事を知っている野城君は疑問には思いはしなかった。
ただ、ここまで防戦一方になってしまっているのは最近の記憶には無い出来事であった。
この世界にまだ慣れていないからなのか、活動に限界が来ているのか不明ではあるが、悪魔の一体が少しだけ動きが遅くなって完璧だった連携にも綻びが見え始めていた。
もちろん、そんなチャンスをイザーが見逃すはずはなく反撃に出ようとしたのだが、他の二体の悪魔も当然それに気付いているのでイザーの反撃に合わせてさらにテンポを変えた攻撃を繰り出していた。
悪魔らしく武器や魔法を使って戦わないことにも疑問を感じていたのだが、イザーの力によって呼び出された三体の悪魔は制約によって己の肉体の身を使って戦わなくてはいけないことになっている。後から聞いた野城君はこの悪魔らしからぬ戦いに抱いていた疑問があっさりと解けてしまった事に思わず笑ってしまった。
さらに時間が経過してもう一体の悪魔の動きも鈍くなってきたのだが、そうなるとイザーも今まで以上に反撃のチャンスが増えてきているので攻撃をしようと試みてはいるのように見えた。
しかし、そのタイミングに合わせるように最後に残った悪魔が攻撃をしているのでイザーも手を焼いているように見えていた。
ただの悪魔ではない何か特別な力を感じさせる。強者と呼ぶにふさわしい動きと先を読む力のあるように見えていた。
サキュバスの集団と戦っていた時とは違って攻撃をすることすら出来なくなっているイザーにフラストレーションが溜まっているのがわかるほど動きが雑になっていた。そんな状況をコレだけの動きが出来る悪魔が見逃すはずはなく、イザーとは違って的確に攻撃を当てるという事を意識したのかダメージを一切考慮していない軽い攻撃を何度も何度もイザーの顔面に当て続けていた。
肉体的なダメージは全くないのだが、自分が攻撃を当てることも出来ないのに向こうは自分の顔にペチペチと当てるだけの攻撃をしてきていることにイライラが募り、イザーの動きはより大きく当てることよりも一撃で倒すことに舵を切ってしまっていた。
もちろん、そんな攻撃が悪魔に当たることはなく、延々と一方的に顔を叩かれるだけの時間が過ぎていっていたのだ。
効果的な反撃がほとんど出来ていないイザーと的確に攻撃を当ててくる悪魔。
あまりにも対極的過ぎる二人の様子を見て野城君はイザーがこのまま殺されてしまうと感じていたのだ。
この戦いを見ている人がいれば全員が野城君と同じ感想を持つと思うのだが、戦っている二人にしてみるとそのような感想は出てくることはないのである。
イザーが一撃にこだわるのは相手を倒すためにはそれしかないという思いがあるからなのだが、悪魔が当てるだけの攻撃に終始していて致命傷とはいかないまでもダメージを与えるような攻撃をしないのは何故だろう。
観測者である野城君はその事に気付かなくてはいけない立場なのだが、長いことイザーと一緒に行動してきたこともあって客観的に見ることが出来なくなっていた。ほんの少しの変化も見逃してはいけない立場なのにもかかわらず、イザーが負けそうになっている珍しい状況も相まって彼女の応援を無意識のうちにしてしまっていて正しく観測することが出来なくなっていた。
悪魔が致命傷を狙わない理由なのだが、単純にイザーに反撃の隙を与えるわけにはいかないとわかっているからである。
武器も魔法も使えない今の状況で出来ることは、イザーの心をへし折って終わらせることのみなのだ。それをするためには、イザーに反撃を一切させずに自分が延々と攻撃をし続けるという事が重要になってくる。
イザーが大きな隙を見せたとしても慌てることもなく同じことを繰り返す。悪魔にとって勝てる手段がそれしかない。そういう意味でも軽い攻撃を延々と当て続けることに意味があるのだ。
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