第9話危険な来訪者

 サルチン湾に大艦隊が接近してから、数時間が経つ。


 今、サルチン城内はピリピリした緊張感に、包まれていた。


 …ザワザワ…ザワザワ…ザワザワ…


 何故なら大艦隊に乗っていた武装集団が、このサルチン市内に上陸。


 そのまま一気に城内までやって来ていたからだ。


「イヴァノフ兄上!」


「おお、マリヤ! 久しいな!」


 サルチン城内にやって来たのは、俺の母マリヤの実兄イヴァノフ。


 https://kakuyomu.jp/users/haanadenka/news/16818093082966560595


 ――そうだ。


 大艦隊でやって来たのは、モスクワフ帝国の初代皇帝と配下だったのだ。


(マジで滅亡かと思ったよ、俺は…)


 大艦隊が来た時は、俺もかなり焦った。


 だが、相手はすぐに友好の小舟を、サルチン家に向けてくれた。


 そこで大艦隊の主がイヴァノフ皇帝だと、俺たちは知って安堵したのだ。


 …ザワザワ…ザワザワ…ザワザワ…


 だが現在、サルチン家に家臣団は、かなりの緊張感に包まれている。


 何故なら城内には異国の騎士、無数のモスクワフ帝国騎士がいるから。


 皇帝の直属の近衛騎士団が、今も直立不動で城砦内整列しているのだ。


 …ザワザワ…ザワザワ…ザワザワ…


 いくら友好国とはいえ、完全武装の騎士が城内いるのは、家臣団も気が気ではないのだ。


 そんな雰囲気の中、父ブルーノとイヴァノフ皇帝の会談始まる。


「イヴァノフ陛下、お初にお目にかかります。国主ブルーノです」


 俺の父ブルーノが片膝をついて、最大級の礼で皇帝をもてなす。


「顔を上げてくれ、ブルーノ殿。この度は上陸許可、感謝する」


 モスクワフ帝国は辺境の新興で、礼節にはそれほどうるさくない。


 イヴァノフ皇帝はかなり気さくな感じだ。


 自分の妹の夫であるブルーノ伯王に、最大限の敬意を払ってくる。


(気さくな皇帝だな。そして、フットワークが軽すぎだろ?)


 ローマン教皇の直轄領に挨拶に行く途中で、イヴァノフ皇帝の思いつきでサルチン家に急に寄ってきた、という。


 だから事前連絡がなくて、サルチン領はパニック状態になったのだ。


「マリヤ、元気にしていたか?」


「はい、兄上。サルチン家の皆さんに、よくしてもらっていました」


「改めて礼を言うおう、ブルーノ殿」


 名目上、皇帝は今回は実の妹に、16年ぶりに会うための来訪。


 あと、妹の夫ブルーノに挨拶に来てくれたのだ。


 そんな和やかな会談をコッソリ覗き見しながら、俺は思慮を巡らせていく。


(挨拶は建前で…もしかしてサルチン領の偵察に来た、可能性は? いや、こんな小国、偵察する意味もないだろう)


 ここに上陸したモスクワフ近衛騎士団だけでも、サルチン領は負けてしまう戦力差。


 更に大艦隊の中には、数倍の戦士団、騎士団が控えているのだ。


 だから、偵察などではなく、本当に挨拶に来たのだろう。


 https://kakuyomu.jp/users/haanadenka/news/16818093082966623846


(それにしても、強そうだな…モスクワフ帝国の近衛騎士は)


 無骨だけど近衛騎士団は、整然と並んでいる。


 一人一人の武装の質、全身から溢れる強者オーラに、俺は見とれてしまう。


(他の温い大国の騎士とは、面構えが違うな…)


 この世界のイリスト教同士で戦争時は、形式的な戦争が多い。


 最初に宣戦布告をして、戦う場所は事前にある程度、決めておく。


 敵でも指揮官や騎士は殺さずに、生け捕りにして、身代金ですぐに開放してやる。


 また戦争をしながら教会を通して、和平同盟と、領地の分譲を決めておく。


 だから、歴史ある大国の騎士は、どうしても温い雰囲気になってしまうのだ。


(それに比べて、辺境のこの騎士たちは…)


 異教、蛮族、騎馬民族の領土と、モスクワフは国境を接している。


 そいつらはイリスト教内のような、ルールある戦争をしてこない。


 夜襲、奇襲、人質肉壁、村民皆殺し、奴隷捕縛など。


 異教徒、蛮族は、何でもありの本物の戦争をしかけてくるのだ。


(だから面替えと、オーラが違うのか)


 モスクワフ国はそんな粗暴な連中を相手に、連戦連勝で勢力を拡大してきた武闘派集団なのだ。


(もう少し粗暴で、規律がない軍隊を予想していたけど、かなり規律はしっかりしているな)


 近衛騎士団は先ほどから仁王立ちで、無駄口をほとんど叩かない。


 頭の動きと鋭い視線だけで、皇帝の周囲の安全を確認している。


 それでけ練度と忠誠心が高いのだ。


(それにも、全員ガタイがいいな…)


 近衛騎士団はみんな身長180以上はある。


 金属鎧と槍剣、盾で武装しているので、その威圧感が荒まじい。


(その中でも特にデカくて、威圧感があるのは…あの《炎帝(えんてい)》か)


 会談しているイヴァノフ皇帝が、一番巨大だ。


 身長は2メートル以上はあり、腕の太さや胸板の厚さが半端ない。


 今は座って静かに会談しているが、全身からは圧倒的な強者のオーラを発している。


 最近は《炎帝(えんてい)》という異名で、敵国から恐れているという。


(先の大戦で、先頭を駆けて、教皇を救助した逸話があったけど…)


 眉唾や作り話ではなさそうだ。


 この屈強な皇帝なら本当に、単騎で異教徒の中に突撃していきそうだ。


(あの華奢な母さんと、本当に兄妹だとは…本当に信じられないな)


 今も隣で雑談しているが、美女と野獣。まるで似てない兄妹だ。


 そんな時、俺の名前が話題にあがる。


「そういえば。我が甥っ子、ジノの結婚の祝い金も、持ってきたぞ」


「陛下。先日の次男グラートンに続き、今回もありがとうございます」


 父ブルーノが感謝するように、イヴァノフ皇帝からの祝い金は多額だ。


 そのお蔭で、俺はフランクス王家に婿入りできる。


 また先日、アンジェ姉は公爵家並みの持参金をもって、大行列で嫁入りした。


 あそこまで豪華に出来たのは、全てイヴァノフ皇帝からの祝い金のお蔭だ。


(姉さんにもありがとうございます、陛下)


 持参金が少ないと、嫁は嫁ぎ先は不当な扱いをされてしまう。


 尊敬する姉アンジェ姉さんが、最高の形で嫁入りできたことに、俺も心の中で感謝する。


「甥っ子ジノは、今どこに?」


 名前が呼ばれたのは、俺は急いで皇帝の前に出ていく。


「はっ、こちらに! 陛下、お初にお目にかかります。ブルーノが四男、ジノ・デ・サルチンと申します!」


 俺は片膝をついて、皇帝に向かって最敬礼の挨拶をする。


「貴様が我が甥っ子か…ん?」


 イヴァノフ皇帝は観察するように、俺の顔をじっと見てくる。


「マリヤ。こやつ、似ているな。父上に?」


 見つめた後、自分の妹マリヤに視線を向ける。


「そう言われてみれば、たしかに。父上が若かった時に、最近ジノは似てきたかも」


 俺は両親のどちらにも、あまり顔が似ていない。


 つまりモスクワフ男子の顔の系統なのだろう。


(そうか。俺は皇帝と…この屈強な《炎帝》と、血が近いのか)


 俺は無意識に、イヴァノフ皇帝の全身を観察していく。


 https://kakuyomu.jp/users/haanadenka/news/16818093082966713519


(それなら俺は、もっと強くなれるのかな? この男と俺は、どのくらいの差があるんだ?)


 この英雄がどのくらいの戦闘力があるのか、つい気になってしまう。


 俺は勝てるビジョンは見えないが、簡単に負ける気もしない。


「ほほう? その目つきは?」


 急にイヴァノフ皇帝は口元に笑みを浮かべる。


「ブルーノ殿、これを先に献上しよう」


 ――ドン!


 直後、イヴァノフ皇帝は黄金製の腕輪を外し、我が父ブルーノの前の差し出す。


 それ一個だけでかなり高額の腕輪だ。


「陛下、これはいったい…?」


「”治療費”の先払いです。なに、”腕の一本”折るくらいにしておきますので、心配ならず」


 イヴァノフ皇帝は獰猛な笑みを浮かべる。


「あの顔…っ⁉ まさか⁉ ジノ、逃げてぇ!」


 皇帝の顔を見て、真っ青な顔になった母マリヤが叫ぶ。


 その叫びと同時だった。


 ――ドーーン!


 俺がいた場所の床が、轟音と共に砕け散る。


 イヴァノフ皇帝が大戦斧で、いきなり攻撃してきたのだ。


 ――スッ、クルっ、スタッ。


 だが俺はとっさに横に回転して、攻撃を完全回避していた。


(コイツ、何か考えているだ⁉ いきなり斬りかかってきやがって⁉)


 俺はノーダメージだが、相手は本気で攻撃してきた。


 俺の回避が一瞬でも遅れていたら、俺の左肩は切断されていただろう。


 ――「「「なっ………」」」


 突然の皇帝の行動に、サルチン家の誰もが言葉を失っている。


 皇帝が本気なのか、余興なのか。


 誰も分からずに動けずにいた。


「……」


 俺はいつでも動けるように待機して、目の前の皇帝に注目する。


 そんな重い雰囲気の中、イヴァノフだけは口を開く。


「おい見たか、今のを⁉ この俺の一撃を、無傷で回避したぞ!」


 お気に入りの玩具を見つけた子供のように、自分の部下に話しかけている。


「おい。我が軍で、同じように避けられる者は、何人いる?」


「各団長、副団長に、数人はおるかと思います。ですが14歳の時に可能な者は、一人もいないと」


 モスクワフ近衛騎士団長は、やや呆れた顔をしながらも、皇帝に真面目に答える。


「やはり、そうか! コヤツ、顔だけではなく、父上の武も、引き継いでおるぞ!」


 部下との会話を終えて、皇帝は俺に視線を向けてくる。


 そんな時、サルチン家の一人が声をあげる。


「陛下! どういうことですか⁉」


 我が父ブルーノは声を上げて、俺と皇帝の間に立つ。


 これは余興で無い。

 自分の大事な息子が、殺されてしまうことに、気が付いたのだ。


「そうです、兄上! ここはモスクワフではないのですよ! いきなり斬りかかって、腕試しをしてはいけません!」


 更に母マリヤまで怖い顔をして、イヴァノフ皇帝に詰め寄っていく。


 こんな真剣で声を荒げる母を、俺は生まれて初めて見た。


「悪かった、二人とも。父上の面影を見て、つい嬉しくなって、試してみたくなった。許せ」


 可愛い妹に怒られて、イヴァノフ皇帝はシュンとなってしまう。


 我が父ブルーノにも小さく頭を下げて、謝罪をする。


「いえ、こちらこそ声を荒げて、申し訳ございません、陛下。ジノは、荒事には向いておらぬので、私も動揺してしまいました」


「夫の言うとりです、兄上。ジノをモスクワフ戦士と一緒にしないでください!」


「分かった、分かった。ジノへの祝い金を倍にするから、もう勘弁してくれ」


 何とか俺の両親のお蔭で、

 主に母マリヤの仲裁のお蔭で、その場は何事もなく収まる。


 ◇


 その後、大船団から大量の祝い品と、金銀が城内に運び込まれる。


 それ以外にも、近衛騎士団の野営の物資も運搬された。


 イヴァノフ皇帝と近衛騎士団は、この城砦に一泊するのだ。


(あの皇帝と、一晩一緒か…嫌な予感がするな…)


 こうして危険な皇帝との夜が、幕を開けるのであった。

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