第51話 パニックパニ咲さん

 紆余曲折あったがなんとか部屋も片付き、ようやく映画を見る準備が整った。

 部屋を少し暗くして、並んでソファに座るのはやや緊張するシチュエーションなんだろうが……映画館ですや咲が肩に寄りかかってくるのを事前に体験済みなので、近いようで近くないような不思議な感覚がする。

 だからといってこの距離感に慣れたわけではないけれども。


 休日にお邪魔する女の子の家。

 いつもの家事代行ではなく、デートといって差し支えない一日の延長線で。

 男子高校生にとっては刺激的なイベント……痴女咲の無自覚大暴れもあり、ドキドキが止まらなくなってもおかしくない状況。


 藤咲は俺が男であるという認識が薄いんじゃなかろうか?

 一人暮らしの女子高生とは思えない危機感の無さだ。

 誘ってるとも受け取れる言動の数々。俺がその気になっていたらいったいどうするつもりだったのだろう。


 だがまぁ、藤咲も時間差でやばいことをしていたと自覚したのか、もじもじと恥ずかしそうに膝を抱え身悶えている。

 そうだよな。

 痴女ムーブは勢い余ったのであって、決してデフォルトではない……と思いたい。


 そうしてしばしじたばたしている藤咲を眺め、映画鑑賞はいつ始められるのだろうかと待っていると、クッションに半分顔を埋めた藤咲と目が合った。


「あのぉ……ひとつご相談があるんですけど」


「そんなかしこまってどうした?」


「さっきの忘れてもらうことってできませんかね?」


「一応確認だがさっきのとは?」


「い、言わせないでよ恥ずかしいじゃん」


 その恥ずかしいことを堂々とやっていたのが痴女咲さんなんですがね。

 さすがに痴女ムーブは黒歴史すぎるのか、とてもかしこまって忘却を要求してくる藤咲の必死な様子がいじらしいが……中々に難しいことを言ってくれるな。


 記憶なんてそんな自由自在に消したりできるものでもない。

 それがえろい記憶であるならなおさらだろう。

 むしろ記憶力に補正が働いているんじゃないかと思うほどに鮮明に覚えてしまうのが男だ。

 あんな痴女ムーブをされて、すぐに忘れろというのは無理がありすぎる。


「ちょっと厳しいな」


「お願い、なんでもするから!」


 おいおい、女の子がそう簡単になんでもするとか言うなよ。

 またそうやって考え無しでものを言って……。


 たった一つの痴女ムーブを忘れさせたいがためにリスクを背負いすぎなんじゃないか。

 あとから後悔しても知らんぞ。


「……じゃあ、これから見るホラー映画で怖がらなかったら忘れてやる」


「ほんと? 二言はない?」


「ない」


「じゃあ、ちゃんと忘れてもらうからね」


 あんな痴女ムーブ、忘れようと思ってもそうそう忘れられないと思うが……まぁ、思い出さない努力はしよう。

 あと、怖がらない前提で話を進めてるのがフラグじゃないといいな。




 ◆





「もぎゃぁぁぁ!?!?」


 えー、フラグでした。

 しっかり回収されており、藤咲は大絶叫しながら俺にしがみついている。


 確かにソファは映画館の席と違って仕切りもないし、スペースの線も曖昧なため侵入も可能だろうが……ここまで大胆に寄ってくるとは思ってなかった。


(……苦しい)


 なぜか俺の頭をホールドするような形でしがみつく藤咲。

 押し当てられる柔らかい感触は男としてはご褒美なのだが、乳圧により呼吸が妨げられているのが難点だな。


「ぎゃー!?!? こっち来たっ!?!?」


 もはやテレビの画面は半分も見えていないし、ビビってパニパニパニパニックのパニ咲は自身のしていることに気を配る余裕もないだろう。

 視覚的、聴覚的に脅かしてくるホラーに反応して、とにかくビビり散らかして大騒ぎしている。


 まぁ、確かにホラー度合いでいえば、映画館で見たものより強いし、不安を煽るような演出もされていた。

 俺も多少ビクッとする場面はあったし、怖いのは認めるが……まさか言い出しっぺの藤咲がこの有様とはな……。

 よくホラー映画に誘ったなと感心する。

 やはりすや咲によるホラー回避は非常に有効な手段だったと思い知らされるな。


 しかし、アレだな。

 痴女咲の黒歴史忘却を賭けたホラー映画鑑賞だったわけだが、藤咲がしっかり怖がったため賭けは俺の勝ちか。

 痴女咲の痴態はしっかり覚えておこうじゃないか。


 だが、ぶっちゃけこの状況の方が痴女ムーブよりご褒美な気がするな。

 痴女咲は視覚的なえろさがあったが、パニ咲は聴覚的、触覚的なえろさがある。


 上擦った声で怯え、その度にぎゅうぎゅうと胸を押し付けてくる。

 ホラーで錯乱し、無意識で行われているこのムーブ……我に返った時にどうなるのか気になるな。


(……それにしても、なんにも見えないな)


 ホラー演出が止まず、パニ咲のパニックも収まらない。

 押し当てられる乳の圧は強くなるばかりで、俺の視界を埋めつくしてしまった。

 見えなくなったことで映画に意識を割けなくなり、それ以外の感覚が敏感になった気がするな。


 柔らかいし、いい匂いがする。

 声と息遣いがえろい。

 男なら拒むことができないシチュエーションなので、特に抵抗もせずに受け入れる。


 もはや映画鑑賞どころではないが……これはこれでいいか。

 ただ――――。


「ひゃぁぁぁあ!?」


「ぐぇ……」


 この状況をご褒美とは言ったが、絞め落とされる危険も感じるんだよなぁ。

 死因、乳による圧殺とかシャレにならないぞ……。

 ……あぁ、なるほど。これもホラーの一環か。

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