第32話 復活の藤咲さん

 休日を終えて月曜日。

 藤咲からの風邪が移るなんてベタなことはなく、至って健康体で登校する。


 ……別に残念とか思ってないぞ。

 藤咲の看病もどきに多少興味はあったが、できることが限られているのは明白。

 枕元で応援というのには多少興味があったが、それ以外にろくな看病を受けられないのなら体調を崩すのは後々が地獄だ。


 さて、肝心の藤咲はというと……無事風邪咲を卒業し、本日から登校するようだ。

 そのようにメッセージをもらっており、風邪が長引かなかったことに安堵している。

 ……藤咲一人で放置してたら治るのにどれくらいかかっただろうか。いや、考えるのはやめておこう。

 隣人が休み続けるのはやはり寂しいからな。


「おっす! どしたどした? 隣の席の女の子が欠席でテンション上がらないのか?」


「朝からやかましいな。違うわ、そんなお前じゃあるまいし……」


 ダル絡みをするように俺の机に肘を置いて話しかけてくる拓真を適当にあしらう。

 本日もまだ風邪咲で欠席だったらそうなっていたかもしれないが、藤咲は普通に来る。

 俺はそれを知っているので、むしろテンションは低くない。


「拓真はどうなんだ? 念願の氷織とお近付きにはなれたのか?」


「まあ、ぼちぼち。やっぱ席が隣だと話しかけやすいし、授業のペアとかでも何かと接点があるから会話の機会が多くてありがたいな」


「へー、よかったな」


「おま、自分で聞いといて興味なしかよ」


「そんなことはないぞ。お前がクラスカーストトップの女子をどう攻略するのかは見物だからな」


 顔もいい。コミュ力もある。運動部所属の陽キャの拓真が難攻不落の美少女を攻略するのか、それとも玉砕してしまうのか……見ている分には面白い。


「でも、隣になれたのは嬉しいけど、誘惑がな……」


「誘惑? されてるのか?」


「いや……なんつーか、言葉を選ばずに言うなら、胸がデカい」


「ぶふっ……選ばなさすぎだろ。唐突な猥談やめろ、こら」


 こいつ……周りに女子がいたら冷たい視線を浴びることになる話題を平然と振ってくる。

 ……聞かれてないよな?

 こえーよ。


「いやー、湊も男なら分かるだろ? 夏服でただでさえ防御力下がってるのに、あの隠しきれない主張……つい見ちゃうのも無理はないって」


「まあ、気持ちは分からんでもないが」


 俺達も健全な男子高校生。

 スタイルのいいかわいい女の子をつい目で追ってしまう気持ちは理解できる。

 氷織は……このクラスでもトップクラスのスタイルの持ち主だ。

 隣の席ともなればなおさら。ちょっとしたことで視界に収めてしまう距離感。つい見てしまうのも分かる。


「でも、女子ってそういう……邪な視線に敏感っていうだろ? せっかく隣の席になって距離を縮めるチャンスなのに、あんまりじろじろ見てると嫌われるぞ」


「おいおい、湊くんよ。まさか俺のポジションを忘れたのか?」


「ポジション? 何の話だ?」


「バスケだよバスケ。前に話したことあるだろ?」


「えっと……確かポイントガードだったか?」


 拓真はよくバスケの話をする。

 以前バスケの話をした時にポジションのことも教えてもらったから合ってると思うが……急にポジションの話を持ち出してなんのつもりだ?


「それがどうした?」


「おいおい、とぼけるなよ。前に教えた通り、ポイントガードはボールを運ぶ司令塔的な立ち位置だ。ボールキープの能力ももちろん必要だが、味方や空いてるスペースにパスを通すために広い視野も持ってなきゃできないポジションなんだよ。ここまで言えば分かるだろ?」


「まさか……」


「そう! 鍛え上げた周辺視野と空間把握能力を駆使すれば、じろじろ不躾に見る必要はないってことだ! 俺がポイントガードになったのはこのためといっても過言ではない!」


「過言だろ。全国のポイントガードの皆さんに謝れ」


 バスケに関する能力が高いのは素直に感心するが、女子の胸をバレないように眺めるために、培った能力をフル活用している親友の姿は見たくなかったかもしれない。

 周辺視野で女子の姿を目で追ってるってなんかこう……そこはかとなくぞわっとするな。

 でも、バレないように目で追えるのは正直すごいと思う。


「お、氷織が来たな」


「……おま、マジで見えてんのな」


 拓真は教室の扉の方を見る素振りもなく、氷織が登校してきたのを把握していた。

 確かにこの教室の端からでも把握する視野があるんだったら、隣の席の氷織はさぞ目に毒なのかもしれないな。

 いや……スタイルのいい美少女をバレないように眺めておいてそれは失礼か。


「んじゃ、またあとでな」


「おう」


 氷織が来たからか拓真は自分の席に戻っていく。

 机から教科書やノートを取り出して整理しているが、今この瞬間にも隣の氷織は邪な視線を向けられているのかと思うと少し同情する。

 いっそのこと気付かれてしまえ。


 そんな風に親友の後ろ姿を白い目で眺めていると、俺の隣の席の椅子を引く人影があった。

 ……前に座る拓真を見ていたから気が付かなかったが、普通はこんなもんだよな。


「おはよ」


「おはよう、調子はどうだ?」


「完全復活だよ!」


「そうか。よかったな」


 朝からどや咲でご苦労なことだ。

 ただまあ……さっきまで拓真と話していた内容がアレだから、あんまりどやどやと胸を張るのはやめていただきたい。

 つい見てしまいそうになる、というか見てしまっているが……女子はこういう視線に敏感なので、なんとか堪えて視線を藤咲のどや顔に戻す。


 ただ、それはそれとして、こうして元気に登校してきてくれたのは看病した甲斐がある。

 日曜日は一人で過ごしてもらったが、何事もなくて本当によかった。


「あ。さっきね、昇降口で氷織さんに会って謝られちゃった。傘返してもらっただけじゃなく、お詫びとしてドーナツのチケットもらっちゃったんだ~」


「お、よかったな」


 そうか。すっかり忘れていたが、氷織による傘取り間違いがあったんだったな。

 氷織も一匹狼ならぬ一匹わんちゃんの犬咲に謝るのにビビっていたみたいだが、どうにか謝ることができたらしい。


「見て見て。このチケット十個も交換できるんだって。色んなの食べれるね」


 着席したどや咲はご満悦で、スマホでメニューを調べて楽しそうにしている。

 あれも捨てがたい、これも捨てがたいとぼやきながら百面相でメニューとにらめっこする藤咲を見ていると、いつもの感じが戻ってきたなと実感する。


「ねぇねぇ、白柳くんはドーナツ食べれる?」


「ドーナツか。嫌いじゃないぞ」


「じゃあ、放課後一緒に買いにいこうね。白柳くんの食べたいのも買って、お家でドーナツパーティーだ」


「……いいのか? 藤咲がお詫びとしてもらったもんだろ?」


「じゃあ、半分は看病してくれたお礼ってことで。それに、一人で十個も食べられないよ」


 それもそうか。

 ドーナツって結構カロリー高いしな。

 膨らませるのは頬張る時の頬っぺただけにしておいた方が賢明だな。

 看病のお礼は間に合っているが、もぐ咲のお腹がぷくぷくするのを防ぐために協力してやるとしよう。


「楽しみだな~。放課後まだかな~」


「まだホームルームも始まってないのに気が早すぎだろ」


「待ちきれないね」


 藤咲は早くも放課後のドーナツに思いを馳せている。

 この調子だと晩ご飯は要調整だな。

 復活祝いに前にリクエストされたとんかつでも作ってやろうかと考えていたが……またの機会にした方がよさそうだ。

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