18:リュウとハナ

「すみませんでした!」


 リシュは、リュウとハナに向かって頭をさげた。

 目が覚めて、ロアンから一連の事情を聞いたのだ。勘違いで皇鬼を殴ってしまったと知り、さすがのリシュも青ざめた。しょぼしょぼとしおれた様子のリシュを見て、リュウは愉快そうに頬をつく。


「なんだ小娘。さっきの威勢はどうしたんだ?」

「うっ……」

「そうしょげるな。鬼だろうと仙だろうと人だろうと、強い奴は歓迎するのが俺の流儀だ。誇っていい。顔に入れられたのは、久しぶりだ」

「でも、その、いきなり殴りかかってしまって」


 しどろもどろに頭をさげるリシュを、ロウザンの主は笑った。


「……悪かったな。さっきは俺も面白くなって、大人げなくやり返してしまったが。目的のためなら格上にも挑める奴は、個人的には嫌いじゃない」

「……」

「……」


 リシュもロアンも困惑するしかない。これが本当に、『悪名高い』皇鬼なのだろうか。こう言ってはなんだが、ずいぶん『まとも』な神経の持ち主に見える。


「もう! リュウってば! 二人とも困ってるじゃないか、ごめんね。私はハナ。地仙だよ」

「あなたが、ハナ」

「おや?」


 この人が探していた相手なのか、とリシュはハナを見つめた。優しげな微笑みを崩さない、穏やかな人相だ。カイやアコ、仙郷の者たちが口をそろえて言っていた『変わり者』には、とても見えない。

 しかしそんな見た目とは裏腹に、「強そうな人だな」とリシュは思った。おそらくロアンと二人がかりでも、箸にも棒にもかからないだろう。それほど規格外だろうことは見てとれる。どうしても身構えてしまうリシュだったが、ハナはただ、可笑しそうに微笑んだ。


「どうやら君たちは、私のことを知っているみたいだね」

「それは、ライの仙郷で……」

「……教えてもらったんです。あなた達のこと」

「ライの仙郷」

「……小娘。お前は、あそこに属する仙なのか?」


 大きな舌打ちとともに、リュウが横から口を出した。なんとも忌々しげな表情だ。そういえば昔、リュウがライの仙郷を潰しかけたと聞いた気がする。ライのことを、好く思っていないのかもしれない。


「いえ。ライの仙郷に滞在したことはあるんです。でも、その、……出てきました」

「あれ。そうなの?」


 ハナが素っ頓狂な声をあげた。そして「私が言うのもなんだけど……」と言いあぐねる。


「それじゃあ、地仙に? 思い切ったねぇ」

「はい。その、私とロアンが一緒にいるのが気に食わないという方が、どうにも多くて」

「ほう? 見上げた根性だ。俺たちのことを教わった、というのは?」


 かわってリュウは面白そうに表情を崩し、眉をあげた。


「私とロアンの望みは、仙と鬼であっても『一緒に居たい』ということです」

「でも、そのために相手を傷つけてしまうのも嫌なんです」

「ふむ?」

「その解決策を、ハナ……様なら知っているかもしれないと。えっと、ライの仙郷で世話になった人から聞いて」

「……誰だ?」

「アコという文仙と、ゾラという武仙です」


「ああ! アコかぁ」と、ハナは懐かしそうに微笑み、

「ゾラ……あいつか」と、リュウはにやりと口角を上げた。


「なるほどね。あの二人なら、そう言うのもわかるよ。それで君たちは、私を探していたってことか!」

「ちっ。あいつら、余計な入れ知恵を……」

「まあまあ。でもこれで、謎は解けたじゃない。それに、思わぬ出会いもあった」


 ハナは微笑んで、リシュの顔をまじまじと見た。その視線は『ただの興味』では納まらない、独特の熱を帯びている。しかし、いわゆる色恋方面の熱とは違う。むしろ『生まれたばかりの仔犬を見つめる幼子の視線』とでも言おうか、強い愛着と好奇心を写していた。


「ハナ……様?」


 リシュはいたたまれなくなり、ゆるゆるとロアンの後ろまで下がっていく。その仔猫のような動きを見て、とうとうハナは吹きだしてしまった。


「ははっ。私のことは、『ハナ』でいいよ。かしこまった言葉も止めてもらえると嬉しいかな。リシュ、といったね。君とはゆっくり、話をしてみたかったんだよ!」

「私と? どうして……」


 リシュは当然の疑問を口にしたが、ハナはあっけらかんと言い放った。


「いやぁ。だって君、『天のきまぐれ』でしょ?」

「えっ?」


 リシュは驚いた。もしかして自分が気を失っている間に、ロアンが話したのだろうか? 隣を見たが、片割れは首を横にふった。


「やっぱり! すごいなぁ。ほとんど初めてだよ。同類と出会うのは! 意外と、感慨深いものなんだねぇ」

「分かる、ものなんですか?」


 おそるおそる訊ねたリシュに、ハナは首をひねった。


「さあ? 勘、かな? 理屈はよく分からないけど、何となくそう言うのって感じない? 類は友を呼ぶ、というか。同病相憐れむ、というか」


 リシュは頭を悩ませた。分かるような、分からないような。そういうことではないような。似た者を、例えば趣味を同じくする相手をかぎ分ける、というのは何となくわかる。しかしそれは、経験と場数によるところが大きいと思うのだ。『天のきまぐれ』という、ほぼ初めて出会うような相手でも、その勘は働くものなのだろうか。


「ごめんなさい。私には、よく。そもそも『天のきまぐれ』というのが何なのか、自分でもよく分かってなくて」

「おや。そうなの?」


 ハナは意外そうに首を傾げた。


「ええ。私もロアンも、こう成ってから日が浅くて……」

「……知らないことが、多すぎるんです」


 リシュとロアンは、そろって肩を落とした。


「ふん。力が不安定に見えるのは、そのためか」

「だね。うーん。ねえ、リシュ。ロアン。良かったらご飯でも食べながら、これまでのことを聞かせてくれない? お腹、空いちゃったんだ」

「……」

「……」


 唐突な変化を見せるハナの会話に、双子は目を白黒させた。


「別に君たちを取って喰おうってわけじゃないから安心して? リュウはこんな態度だし、悪名高い皇鬼だけれど、君たちのことを嫌っているわけじゃないよ? もちろん私も。久しぶりにアコやゾラの話も聞きたいし、やっぱり『天のきまぐれ』のお仲間には興味があるんだよ。ね? お願い!」


 そう言ってハナは、可愛らしく首を傾けた。穏やかで、無邪気な、子供のような人だ。リシュとロアンは、顔を見あわせた。


「そうだ! 二人は何か食べたいものはある? ご馳走するよ。腕によりをかけて……」

「ちょっと待て。ハナ。食事なら、俺が手配する」


 腕まくりを見せたハナの言葉を遮り、リュウが声をあげた。心なしか、焦っているようにも見える。


「ええ? 大丈夫だよ」

「駄目だ!」


 ハナの遠慮に、皇鬼は叫んだ。そして眉間を指で揉む。


「でも、せっかくなのに……」

「ハナ。いいから、お前は調理場に立つな。いつも言っているだろうが!」


 これはどういう状況だろう。ハナが料理をふるまう、というのは、それほどまずいことなのだろうか。ハナにリシュとロアンを案内するよう勧め、リュウは三人を追いやった。そしてこっそりと双子に囁く。


「いいか双子。死にたくなければ、ハナの手料理だけは口にするな。絶対に、だ」


 逆にどれほどのものかと気にはなったが、有無を言わせぬリュウの真顔を見て、双子はコクコクとうなずいた。わざわざ忠告をしてくれるとは、リュウは意外と優しいのかもしれない。

 頷いて、双子はハナのあとを追った。


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