第42話 悪役テオドール登場
「お、お、お、お、おま! さっきの美少女が婚約者ってマジかよ!?」
「驚いたんだなー!」
シャルリーヌたちが去った後、エロワとポールが噛み付くように問い詰めてきた。
「本当だよ。まぁ、釣り合ってないのはわかってるから、あんまりいじめないでくれ」
「くぅー! 羨ましい! 俺なんて美人な婚約者どころか、婚約の話すらないぜ?」
「おらもなんだなー……」
意外だな。貴族って早いうちから婚約するものだと思っていたけど、そうでもないらしい。
「俺も美人な婚約者欲しいなー! そしたら……でへへへへへ」
エロワのニヤけ顔、気持ち悪いなぁ。まぁ、十二歳なんて思春期の始まりみたいな頃合いだし、異性への興味バリバリだと思うけど、この顔はない。放送コードに引っかかるぞ、こんなの。
「キサマら!」
「ん?」
エロワの顔にドン引きしてたら、いつの間にか近くに男子生徒が立っていた。小柄なサル顔の男だ。
「誰だ、お前?」
いきなりのキサマ呼ばわりが気にくわなかったのか、エロワが凄んだように低い声を出した。エロワ本人は怖い顔を作っているようだけど、横から見てみると、さらにデコボコになったジャガイモみたいな顔になってる。顔芸かな?
「お前だと? 僕はバロー子爵の息子だぞ! キサマらとは格が違うんだ!」
猿顔の男子生徒がムキになって怒っている。
バロー子爵か。たしかに格上だが、知らない貴族だな。少なくとも辺境の貴族ではない。
こいつみたいなのが、先輩たちの言っていた親の爵位を笠に着ている貴族かな?
面倒だな。
「まあいい。僕は寛大だから一度は許してやろう。キサマらは僕に付いて来い! テオドール様にご挨拶に行くぞ!」
「テオドール様あ?」
エロワは知らないようだが、オレは知っている。なにせ有名キャラだからな!
テオドール・ダルセー。いわゆる悪役キャラだ。平民出身の主人公になにかと突っかかってくる意地悪キャラで、何度も主人公にボコボコにされるのだが、とにかく諦めの悪いかませ犬だ。
キャラとしてはまったく好きじゃない。と言うか嫌いなキャラだが、ゲームにも登場したキャラが実際にいるというのはなんだかテンション上がるな!
やっぱゲームのグラフィック通りカエルみたいな男なのだろうか?
「知らないのか? 無礼者め! キサマらの寄り親であるダルセー辺境伯様の嫡子であらせられる方だぞ!」
この物言い。この男子生徒は、たぶんテオドールの取り巻きなのだろう。そう言えば、テオドールにはゲームでも何人か名無しの取り巻きがいたしな。
「いいから付いて来い! これ以上、テオドール様をお待たせするな!」
「どうするんだな?」
「行ってみるか」
不安そうな顔をするポールに答えると、オレたちは結局名乗らなかった男子生徒に続いて教室の最後尾に向かった。そこには、でっぷりと太ったカエル顔の男子生徒が偉そうに椅子に座っていた。
もう一目見ただけでわかったね。こいつがテオドールだ。
「テオドール様、連れてきました」
「ご苦労だった、シラス」
「はっ!」
大仰にテオドールにひざまずいてみせる男子生徒、シラス。オレは礼儀作法にはあまり詳しくないが、これが行き過ぎているのはわかる。たぶんシラスがテオドールに気に入られようとしているのだろう。
「キサマら! テオドール様の御前だぞ! ひざまずけ!」
「よい。私はこの者たちの無礼を許そう。寛大だからな」
「さすがはテオドール様! このシラス、感動で前が見えません!」
「はははっ! シラスは感動屋だな」
何なの? この茶番?
「さて、お前たちを呼んだのは他でもない。礼儀のなっていないお前たちに、恥を雪ぐ機会をわざわざ作ってやったのだ」
恥? テオドールは何を言ってるんだ?
しかも、テオドールがオレを見る視線はかなり厳しい。エロワやポールを見る視線は普通なのに、オレだけ睨みつけてくる。なんで?
「キサマら! 何を固まっているのだ? 早くテオドール様にご挨拶しろ! テオドール様は礼儀知らずであるキサマらを許すと仰せだ! 本来であれば、キサマらがまず最初にご挨拶するお方は、寄り親であるテオドール様だぞ!」
なるほど。一応、シラスの話は筋が通っているように思えるだろう。何も知らないものからすればな。
「くっ……!」
「…………」
エロワが苦しげな声を発し、ポールは沈黙している。これは不服の表れだ。
たしかに、テオドールの実家であるダルセー辺境伯家は、オレたち辺境の貴族を束ねる寄り親という立場である。
しかし、ダルセー辺境伯家は辺境の苦境に対して何も行動を起こさなかった。それどころか、高利貸しのようなことをして、辺境の貴族を借金で縛ろうとしたのだ。
辺境の貴族たちにとって、ダルセー辺境伯家はいざという時に頼りにする寄り親ではなく、もはや自分たちを害する敵なのである。
辺境出身のエロワ、ポールにとって、ダルセー辺境伯家の嫡子であるテオドールに頭を下げるというのは苦痛だろう。
だが、たとえどれだけ理不尽でも頭を下げなくてはいけない場面というのはあるのだ。
オレは率先して右手を左胸に当てて頭を下げた。
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