第34話 シャルリーヌとヴィアラット領②

 ヴィアラット邸の応接間。先ほどまでいた王都のブラシェール伯爵家の屋敷とは比べるまでもなく貧相だが、不思議と人のぬくもりを感じる部屋。その中にオレとシャルリーヌ、母上が向かい合って座っていた。


「はじめまして。シャルリーヌ・ブラシェールと申します」

「お会いできて嬉しいです。わたくしがアポリーヌ・ヴィアラットですわ」


 ちょっと緊張気味のシャルリーヌに、母上が柔らかな笑みを浮かべていた。なんだか母性を感じる温かい笑みだ。


「こんな体ですからね。王都に行けなくて残念に思っていましたが、まさかシャルリーヌの方から会いに来てくださるなんて」

「あの、どこかお悪いのですか?」

「いいえ。子ができたのです」


 そう言って母上が自分のお腹を撫でる。まだ目立ってはいないけど、あの中に子どもがいるというのはちょっと不思議に感じるね。


「まあ! おめでとうございます!」

「ありがとうございます、シャルリーヌ。ここに来る時、アベルが無理を言いませんでしたか? わたくしはそれだけが心配で……」


 さすが母上。オレが少し強引にシャルリーヌを連れてきたことを見抜いている。


「その、わたくしも飛空艇やヴィアラット領には興味がありましたので……」


 否定しきれないシャルリーヌの言葉を聞いて、母上が笑みを深めてオレを見た。


 すごいな、母上は。表面上は笑みを浮かべているのに、しっかりと怒っている雰囲気を感じる。


 やがて、母上はふっと息を漏らすと、眉を下げて申し訳なさそうな表情をみせる。


「ごめんなさいね。アベルは昔から思い立ったら一直線な子ですから……」

「いいえ、アベル様はとても紳士的で、わたくしをエスコートしてくださいました」

「まあ! アベルが紳士的?」


 母上が意外なことを聞いたとばかりに目をぱちくりさせてみせる。


 オレは紳士的だよ? 少しは自分の息子のことを信じてくれよ。


「そうですか。アベルも好きな子には優しくできるのですね」

「えっ!?」

「ちょっ!? 母上!?」


 急に何言っちゃってるの!?


 そりゃオレとシャルリーヌは婚約者同士だけど、まだ告白したわけじゃないのに!?


「あら? まだ言ってなかったのですか? アベルにしては珍しいですね」

「オレだって、時期を見計らったりしますよ!」

「そうなのですか? では、シャルリーヌから貰った手紙を大切に保管していることや、シャルリーヌの肖像画を見て恋の溜息を吐いていることもまだ内緒ですか?」

「なんで言っちゃうんですか!?」

「ふふふふっ」


 くぅ! 絶対、母上は面白がってる!


 でも、シャルリーヌが頬を染めて俯いているのがかわいいのでOKです!


 その時、空気を換えるようにノックの音が飛び込んできた。


「どうぞ」


 母上が入室の許可を与えると、扉の向こうからワゴンを押したデボラが現れた。


「お待たせしました」


 デボラが慣れた手つきでお茶とお茶請けを用意する。


 辺境には王都のようなお菓子はない。どうするんだろうと思っていたのだが、厨房を預かる料理長のドミニクも苦心したらしい。


 出てきたのは、卵とマヨネーズを使ったサンドイッチと、スティック状に切ったパンを油で揚げて砂糖を塗した物だった。


 両方ともオレがドミニクに教えた料理だ。まさかここで出してくるとは思わなかったよ。


「見たことないお菓子ですね」


 シャルリーヌがしげしげとお皿の上のサンドイッチと揚げパンを見ている。


「どちらもアベルが考えた物なんですよ。辺境の子どもたちには大人気です」

「まあ! お菓子を考えるなんて、すごいですね!」

「いやあ……」


 シャルリーヌは褒めてくれるけど、オレが考えたわけじゃなくて、ただ前世の知識から引っ張ってきた物だから、そんなに褒められるとなんだか座りが悪いよ。


「どうぞ、お召し上がりください」


 デボラが三人の取り皿にサンドイッチと揚げパンを分けた。


 オレはさっそくとばかりにサンドイッチを手に取る。そして一口食べると、シャルリーヌに頷いてみせた。


「おいしいよ。シャルリーヌも食べてごらん」

「ええ」


 シャルリーヌもおずおずとサンドイッチを手に取った。そして、至近距離でサンドイッチをしげしげと観察し、クンクンと匂いも嗅いでいる。


「挟まっているのは、茹で卵と……何かしら? バタークリーム?」

「マヨネーズだよ」

「マヨネーズ?」

「ええ。アベルが考えたクリームです。とってもおいしいですよ」


 母上もサンドイッチを食べてみせ、シャルリーヌも意を決したようにサンドイッチをちょこっと食べる。


「まあ! 卵のコクとまろやかさ、そして少しの酸味があってさわやかですね。おいしいです!」

「気に入ってくれてよかったよ」

「シャルリーヌ、こっちの揚げパンもおいしいのですよ? よかったら食べてみてください」

「はい!」


 その後、シャルリーヌには無事に揚げパンも気に入ってもらえた。王都のお菓子を見た後だと、どうしても引け目を感じてしまうけど、なんとかなってよかったよ。

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