お金がない中年オヤジが頑張ってブラックな短編小説を書いてみた

黒スーツ

事故物件に住む女

そのマンションは築20年程度経っている割には綺麗な外観をしていた。各部屋は6畳の1Kで、広いロフト付きがうれしい。駅から徒歩5分という便利な立地も私の望む条件を十分に満たしている。


ただ、家賃が月8万円と、やや予算オーバーだ。私がどうしようか迷っていると、不動産屋が事故物件でよければ3万5000円の部屋があると紹介してくれた。すぐに内覧したところ、クリーニングはされているし、フローリングや壁紙も綺麗に張り替えてあるし、気になるポイントは特にない。私はすぐにその部屋に住むことに決めた。


詳細はよくわからないが、殺人事件があった部屋らしい。被害者は若い女性とのことだ。人が死んだ場所で寝食をするのはあまり気分がいいものではないものの、家賃が半分以下になるなら全然我慢できる。私は幽霊の類はまったく信用していないし、怖くもない。本当に出るならちょっと見てみたいぐらいだ。万が一、幽霊が出た場合の対策もいくつか用意してある。


それよりも気になったのが大家の雰囲気が陰湿だったことだ。年齢は50代後半ぐらいだろうか。表情が乏しく、独り言のようにボソボソと喋るため、入居の説明は何をいっているのかほとんど聞こえなかった。人見知りなのかと思ったが、目つきだけはこちらを無遠慮にジロジロと伺う感じで、そのギャップが不快だ。若い女がそんなに珍しいか?「気持ちの悪いジジイね」と私は心のなかで悪態をついた。


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事故物件のマンションに住み始めて、1週間が経った。今のところこれといって怪奇現象にはあっていないが、なんとなく、誰かにみられているような気配を感じるときがある。事故物件の部屋に住んでいるという先入観がそう思わせるのかもしれない。私はできるだけ気にしないように日々の生活を送った。


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事故物件のマンションに住み始めて、2週間。相変わらず、なにかにみられている気配を感じるときはあるが、それにもだんだん慣れてきたころ、それは起こった。


週末の夜、私がTVを見ながらビールを飲んで半分寝落ちしていると、なにかの気配を突然感じた。なんだろうと思い周囲を見渡し、特に意味なく玄関の方に視線を向けた瞬間、一気に目が覚めた。なんと、長い髪の見知らぬ女が立っているではないか。なになに、飲み過ぎたかしら?私は目をこすり、もう1度、玄関を凝視した。


幻覚ではなく、確かに長い髪の女がそこにいた。全体的にぼんやりとしており、手足の先端が薄っすらと消えている。初めてみる幽霊はなかなかのインパクトがあったが、お酒で酔っぱらっているせいか、そこまでの恐怖はない。幽霊はなにかを訴えかけるような声を出し、じりじりとこちらに近づいてくる。


「効くかどうかわからないけど、やってみるか」


私はリビングテーブルの横のワゴンに引っかけていた除菌スプレーを手に取ると、幽霊に向けて噴射した。


「幽霊は不浄な存在、つまり雑菌みたいなもの、ってどっかのインターネットでみたけど」


除菌スプレーを噴射されると、幽霊は一瞬ひるんだような様子をみせる。

2、3回と続けて噴射し続けていると、幽霊はだんだんと薄くなり、ついには消え去った。え、これで終わり?あまりの呆気なさに私は拍子抜けした。


私は冷蔵庫に向かうと、除霊祝いということでビールをさらに一本開けた。乾杯!


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あれから3日後。除霊(除菌?)したのでもう安心のはずが、なぜか例の見られている感覚が相変わらず抜けない。嫌な予感は的中した。トイレに行こうと思って扉を開けると、例の幽霊が便座の前に立っていたのだ!私は思わずギャッと叫び声を上げた。前回と同じように除菌スプレーを噴射すると、幽霊はすぐに消えた。


それからも、幽霊はたびたび出現した。除霊自体はスプレーするだけなので、そこまで難しくないのだが、週に1~2回の頻度で出てくるのがとても面倒だ。しかも、心なしか除菌スプレーが効きにくくなっているような気がする。前みたいにすぐに消えるのではなく、若干粘るようになってきたのだ。


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その日も幽霊は現れた。丁度、私がベッドに入り眠ろうとしたときだった。


「はあ。面倒くさ」


私はベッドボードに置いてある除菌スプレーを手に取ると、幽霊に向かっていつも通り噴射した。しかし、今日はなんだか様子がおかしい。普段なら2、3回程度噴射すれば消えるはずの幽霊がなんとか姿を保ったまま、こちらにじりじりと近づいてくる。もう10回以上は噴射しているのに、いつもよりも何倍もしつこい。


「も~!面倒くさい!早く消えて!」


イライラした私は除菌スプレーのレバーをガチャガチャとせわしくなく引いた。何度も噴射を受けた幽霊はさすがにどんどんと薄くなっていき、今にも消えそうになっている。あと一息というところで、除菌スプレーのレバーに異変を感じた。・・・レバーが戻らない。


「やば!壊れた?」



気がつくと幽霊は私の目前まで迫っていた。もう逃げる暇はない。私が観念して動けずにいると、幽霊は覆いかぶさるように抱きつき、か細い声で呟いた。


「にげて。いますぐに」


は?逃げて?非常に聞き取りづらかったが、幽霊は確かにそういった。なにから?アンタからじゃなくて?私が聞き返そうとしたとき、既に幽霊は消えていなくなっていた。


私は心を落ち着けるために、とりあえず冷蔵庫からビールを1本取り出すと、ぐいっと呷った。


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寝ようと思ってベッドに入ったものの、幽霊に邪魔されたおかげで眠れなくなってしまったではないか。それに幽霊の呟きの意味も気になり過ぎる。とはいえ、明日も仕事で朝早いのでそろそろ寝るか。私は部屋の灯を消した。目を瞑っているとだんだんと意識が遠のいてきた。今にも眠りに落ちそうになったとき、あり得ない音がした。


ガチャリ。


玄関の鍵が開く音だ。さすがの私も全身から冷や汗がでるのを感じた。誰かが部屋に入ってきた。足音が鳴らないようにそろそろと歩いているようだが、聞き耳を立てていると、だんだんとこちらに近づいてきているのがわかる。


ベットの足元に気配を感じる。もうそこまで来ているようだ。これは幽霊ではなく人間だ。勝手に部屋に入ってきている時点で異常者間違いなしである。軽く深呼吸し、心を決めた。やるしかない。


私はブランケットを跳ねのけると、横回転してベッドの左側へ落ちた。そして、ベッドの下にしまっておいた桃の木でできた木刀を取り出す。桃の木は悪鬼を祓う効果があるらしいので、幽霊がもし出たら、これでぶっ叩いてやろうと思って通販で購入しておいたのだ(除菌スプレーで十分だったので出番はなかったのだが)


暗くてよくみえなかったが、私は木刀を思い切り侵入者がいるであろう方向に振り下ろす。ガキッという固い手ごたえがあり、男のうめき声がした。私は一心不乱に木刀を振り下ろし、2撃、3撃、4撃・・・と加えた。


気が付くと、侵入者は動かなくなっていた。私は肩で息をしながら灯をつけ、侵入者の姿を確認した。


・・・あの気持ちの悪い大家だった。一目みたときからやばそうなやつだとは思ったが、ここまでの変態だったとは。もしかして、この部屋で起きた殺人事件はこいつが犯人だったのか?そういえば犯人はまだ捕まっていないという話を聞いたような気がする。


私はスマホを取り出すと110番して警察を呼んだ。


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1年後。


色々とトラブルがあり、少々まずい展開にもなりかけたが、結局私は今もこの部屋に住んでいる。あの幽霊は私に危険を知らせようとしていただけだったのに、除菌スプレーで何度も除霊して悪いことをした。謝りたいが、あの日以来、幽霊は出てこなくなった。


警察の調査の結果、大家がこの部屋で暮らしていた若い女性を殺した犯人だと確定したらしい。つまり、あの幽霊はきっとその被害者だったのだろう。奇跡的に捕まらず調子にのった大家は私の部屋に監視カメラをしかけて二匹目のどじょうをゲットするチャンスを狙っていたとのことだ。まったく、頭のおかしい変態はどうしようもないな。誰かに見られているような気配は幽霊ではなく監視カメラだったのか。


え、ということは、もしかしてあの幽霊、監視カメラに映っちゃった?と思い私は少し興味をもったが、警察は特にそのことには触れてこなかった。


大家が殺人鬼だったと発覚したこのマンションの価値はさらに暴落して、今家賃がとんでもなく安くなっているので私にとっては好都合だ。引っ越す人も多く、以前よりも清閑な雰囲気になったのもよい。経営はなんとか続いており、しばらくは大丈夫そうだ。


一番の心配は大家が化けてでてくることだったが、今のところそういったことはなくほっとしている。いちいちスプレーするの面倒くさいからね。


私は平穏無事に、事故物件での暮らしを満喫している。




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