第54話 告白(後編)


「エリス、やはり俺が恐いか? 俺に触れられるのは、嫌か?」



 そう尋ねるアレクシスの切実な表情を、もっとずっと自分に向けていてほしいと、自分は確かに願っていて――。


 エリスは自覚せざるを得なかった。


 この気持ちは単なる『情』ではなく、『恋』なのだと。

 自分もアレクシスのことが、少なからず好きなのだと。


「恐く、ないです……。嫌でも……ありませんわ、殿下」

「――!」


 そうでなければ、アレクシスの指先が傷痕に触れる度、どうしようもなく体が熱くなったことに説明がつかない。

 触れられた部分が火傷のように火照って感じたのは、単なる緊張ではなかったのだ。


(ああ、そうだったのね。……わたし)


 今だって、心臓の音が全身に響いている。

 この人の気持ちに答えたい。これからも一緒にいたい、と。


 自分とアレクシス、それぞれの熱量が同じかはわからないけれど。

 そんなことは、いくら言葉を交わしたところで一生わかるはずもないけれど――それでも。


「わたくし……正直、まだよくわからないのです。殿下を愛しているかどうか……。でも……」


 エリスはアレクシスを見つめ、今の精いっぱいの気持ちを告白する。


「わたくしは、殿下とこれからも一緒にいたいと思っております。殿下と、本当の夫婦になれたらと……そう願う気持ちは、同じです」

「……エリス。――では……」

「はい。ふつつかなわたくしではございますが、どうかこの先も、殿下のお側に置いていただきたく、お願い申し上げます」


 そう言って微笑むと、アレクシスは感極まったのか、カッと両目を見開き、次の瞬間――。


「ああ、勿論だ……!」


 ――と声を震わせて、エリスの身体を抱き寄せた。


 エリスに比べ二周りも三周りも大きなアレクシスの身体が、エリスの身体をすっぽりと胸に収め、その耳元で、問いかける。

 

「これからは、こうして抱き締めても構わないんだな?」


 その問いにエリスがこくりと頷くと、アレクシスは嬉しさのあまり、一層腕に力を込めた。

 もう放さないとでもいうようにエリスをしっかりと腕に抱き、その柔らかさをひとしきり堪能したあと――思い立ったように唇を開く。


「エリス……、今の今言うことではないとわかってはいるんだが」と。


 その声にエリスが顔を上げると、アレクシスはじっとエリスを見下ろし、真顔で告げた。


「俺は、君との初夜をやり直したいと思っている。勿論、君の心の準備ができたときでいい。少し、考えておいてくれないか?」

「……それって」

「当然、そういう意味だ」

「……っ」


 ――本当は、今すぐにでも押し倒してしまいたい。

 このまま唇を奪って、抱いてしまいたい。


 けれど初夜のことや怪我のこともあり、流石にすぐというのははばかられた。

 かと言って、こうしてエリスを抱き締めその感触を知ってしまった今、いつまでもお預けをくらうというのはとても耐えられそうにない。


 だからアレクシスは、全ての恥とプライドをかなぐり捨てて、こうして尋ねてみたのだが……。


 エリスから返ってきたのは、まさかの内容だった。


「あ……、その……わたくしは、いつでも……」

「――!?」


(いつでも、だと……!?)


 驚きのあまり絶句するアレクシスに、エリスは顔を真っ赤にしながら呟く。


「だって、殿下のおっしゃられた『本当の夫婦』の意味は、そういうことでございましょう?」

「それは……確かにその通りだが……」

「わたくしは、殿下の妃ですもの。とっくにその覚悟はできております。それに……あの……非常に言いにくいのですが……、先ほどから……その…………殿下の、――が……」

「……?」

「あっ……、当たっているのです……! わたくしの……っ、あ……あ、……脚にっ」

「――!?」


 すると言い終えた瞬間、エリスは恥ずかしさが天元突破したのだろう。

 両手でパッと顔を覆い、耳まで真っ赤に染め上げた。


 そんなエリスの様子に全てを悟ったアレクシスは、


「すっ、すまない! これは生理現象だ!」


 などとよくわからないことを口走りながら、すぐさまエリスを膝上からベッドへと下ろす。


 ――もはやムードもへったくれもない。


 が、アレクシスにとって今最も重要なのはそんなことではなかった。

 聞き間違いでなければ、エリスは今、『これから初夜のやり直しをしてもいい』と言ったのだから。

  

(本来なら、エリスの怪我の全快を待ってからすべきことだが……)


 エリスにここまで言わせておいて、『今日はやめておこう』と言うのは、彼女に恥をかかせることになるのでは。

 いや、たとえそうでなくとも、せっかくのチャンスをふいにするわけにはいかない。


 アレクシスは、未だ顔を覆ったままのエリスの腕をそっと掴んでどけると、赤く染まった顔を覗き込む。


「今の言葉……本当だな? 途中でやめたいと言っても、やめてやれないが」


 そう念押しすると、エリスはこくりと頷いて――。



「――っ」



 刹那、気付いたときには、アレクシスはエリスの唇を塞いでいた。

 勢いのままエリスの身体を押し倒し、奪うようなキスを繰り返す。


 もう、思い悩むことは何もない、とでも言うように。



「痛かったら言え。やめてはやれないが、加減はする。――愛している、エリス」

「……っ」



 熱っぽい瞳でエリスを見下ろし――もはや少しも待ち切れないと――何度も、何度でも、エリスの白い柔肌に唇を落としていった。

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