第42話 国祭と迷子の子ども(後編)
◇
それから約一時間後、エリスは帝都中央広場の北門付近で、アレクシスを待っていた。
街全体が花々で彩られ、道にも広場にも沢山の出店が立ち並ぶ。
右を見れば、サンドウィッチやソーセージ、ラムネやエール、シロップ漬けの果物などの飲食店が。
左を見れば、花やアクセサリー、絵画やアンティークの食器まで、ありとあらゆるお店が並んでいた。
広場中央の噴水では、子供たちがきゃあきゃあと無邪気に水遊びをしたり、シャボン玉を飛ばしたり。
行き交う人々は皆笑顔で、貴族も平民も、家族連れもカップルも、別け隔てなく祭りを楽しむその様子を見ていると、それだけで幸せな気分になってくる。
(マリアンヌ様に聞いてはいたけれど、本当にお店がたくさん。これ、一日で回れるのかしら)
――何を隠そう、エリスはお祭りというものが初めてだった。
祖国でもこういった祭りはあったのだが、それはあくまで平民が楽しむもので、まして貴族令嬢が参加するなど言語道断――という文化であったため、一度も楽しんだことがないのである。
(確か、三日目の夜には花火が打ち上げられるって言ってたわよね。宮のテラスから見えるかしら)
エリスはそんなことを考えて、ひとり顔を綻ばせる。
――すると、そんなときだった。
エリスが、迷子らしき少年を見つけたのは。
明らかに人を探しているという風に、広場の中を右往左往する少年。
歳は十に届かないくらいか。裕福な家の出なのだろう、それなりにいい身なりをしている。
そんな彼に、大人たちは時折立ち止まり声をかけるのだったが、皆一言、二言言葉を交わすと、困惑気な顔をして立ち去ってしまう。
その様子を見て「もしや」と思ったエリスが少年に近づくと、彼が話していたのは帝国語ではなく、ランデル王国の言葉だった。
(やっぱり、言葉が通じないのね。帝国内でランデル語を話せる人は殆どいないだろうし、わたしが助けてあげなくちゃ)
ランデル王国は隣国とはいえ、帝国から見れば小国だ。
そのため帝国民でランデル語を扱えるのは、王侯貴族を除けば、貿易商か外交官くらいのものである。
そもそも、この大陸の公用語は帝国語であり、帝国民は帝国語さえ話せれば事足りる。
ランデル語に関わらず、貴族でもなければ、他国の言語を理解できる必要はないのだ。
だがエリスは、自身の祖国が小国であることと、なおかつ王子の婚約者だったということもあり、母国語、帝国語のみならず、繋がりのある国の言葉をほとんどマスターしていた。
それに、ランデル王国はシオンの留学先。話せないのはあまりにも不都合が大きかった。
目の前の状況を見過ごせないと考えたエリスは、少年に近づき声をかける。
『誰を探しているの? 親御さん?』
すると少年は、エリスの流れるようなランデル語を聞き、驚きに目を見開いた。
『言葉が、わかるのか?』
『ええ。わたしの弟が、ランデル王国に住んでいるから。それで、誰を探しているの?』
『妹。シーラっていうんだ。今……七歳で……。さっきまで側にいたのに、気付いたらいなくなってて……』
『そう。はぐれてからどのくらい経つ?』
『十分くらい。……どうしよう、俺、母さんから頼まれてたのに……』
『…………』
言葉の通じる相手が現れたことで安心したのだろうか。
少年は今にも泣きだしそうに顔を歪め、けれどそれを堪えるように、ぐっと奥歯を噛みしめる。
その表情に、エリスはいよいよ放っておけなくなった。
事情はよくわからないが、何とか妹を見つけてあげなければ、と。
『大丈夫。絶対に見つかるわ。まずは本部に行って、妹さんの特徴を伝えましょう。警備の人たちに探してもらえば、すぐに見つけてくれる。帝国の軍人さんはとっても優秀なのよ。それに、わたしも一緒に探すから。――ね?』
時計塔の時刻は午後一時を回った頃。
アレクシスとの待ち合わせは二時だから、まだ一時間近くある。
それに、本部は今いる場所とは反対側にあるとはいえ、広場の内側だ。
つまり、アレクシスの「広場から出るな」という言い付けを破ることにはならない。
もし万が一待ち合わせに遅れそうになっても、本部に待機している軍の誰かに言付けてもらえば大丈夫だろう。
エリスは少年を安心させようと、目いっぱいに微笑んだ。
『さあ、一緒に妹さんを探しましょう』
その言葉に、こくりと頷く少年。
こうして二人は、南門の本部へと歩いて向かった。
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