第24話 宮廷舞踏会(後編)

(どうしよう……。どうしたらいいの……?)


 ユリウスと何度も踊ったワルツ。

 自分を虐げる家族のしがらみから離れることのできる、数少ない時間。


 大好きだった舞踏会を、こんなに恐ろしく思う日がくるなんて想像もしていなかった。



 エリスは恐ろしさのあまり、無意識にアレクシスの手を握っていた。

 ホールドした手のひらに、力を込めてしまっていた。


 するとアレクシスは異常を察したのだろう。

 下を向いてしまったエリスの耳元に、そっと唇を寄せる。


「どうした? 気分でも悪いのか?」

「……っ」


 その声に、エリスの心臓がドクンと跳ねた。


 こんなところで、こんなに大事な場で、醜態をさらすわけにはいかない。――そうとわかっていても、どうしようもなく弱音を吐いてしまいたくなった。


 言えばきっと愛想を尽かされる。でも、黙っておくこともできなかった。

 


「――ない……です」

「?」


 掠れた声で呟くエリスに、アレクシスは怪訝そうに眉を寄せる。


「よく聞こえない」


「……踊れない、です」

「――何?」

「踊れないんです、殿下」

「…………」


 絞り出すようなエリスの声に、アレクシスは嘘ではないと悟ったのだろう。

 瞼をピクリと震わせて、ほんの一瞬黙り込む。


 だが、すぐにこう言った。


「問題ない」――と。


「……え?」


 それはいつもと変わらない、アレクシスの抑揚のない声。

 少しも動揺していない、淡々とした声。



 エリスが顔を上げると、そこには自分を至近距離で見下ろす、普段通りのアレクシスの顔があった。


「あの……問題ないってどういう……」


 エリスが問うと、アレクシスはどこか得意げに目を細める。


「俺を誰だと思っている。帝国最強の男だぞ」

「……え?」

「俺が怖ければ目を閉じていろ。ただし、身体の力は抜いておけ」

「それって……」


(この人、いったい何を言ってるの……?)

 


 困惑するエリスの思考を置き去りに、音楽が始まった。


 すると同時に、ホールドした背中をぐいっと引き寄せられる。

 身体がしなり、天井を大きく見上げる体勢になったと思ったら、今度は足が床からわずかに浮き上がった。


 そしてそのまま、アレクシスの大きなステップに合わせ、身体を右に左に持っていかれる。


「――っ!」


(嘘でしょう……!? まさか腕の力だけで……!?)


 確かにドレスに隠れて足の動きは見えないかもしれない。――が、こんな力技が許されるのか。


 はたから見たらいったいどう見えているのだろう。ちゃんと踊れているように見えるだろうか。


 いや、それは絶対にない。

 きっと周りからは、自分がアレクシスに振り回されているようにしか見えないだろう。


 けれど、そんなアレクシスの無茶な行動のおかげだろうか。エリスの中から、いつしか恐怖が消えていた。



 見上げた天井が、アレクシスの動きに合わせてクルクルと回転する――その不思議な光景を、エリスはいつの間にか、心から楽しんでいる自分がいることに気付くのだった。

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