第16話 マリアンヌとのお茶会(後編)

 ◇



「先ほどはごめんなさいね。あの方、悪い方ではないのだけれど、昔から少し困ったところがあって……」

「いえ、こちらこそご迷惑をおかけして、申し訳ありません」

「あら、あなたが謝ることは一つもないのよ。さあ、席はあちらに。エリス様は初めてのご参加だから、本日はわたくしと一緒のテーブルにいたしましょう」



 そう言って案内されたのは、会場の一番奥のテーブルだった。

 ドームの外の美しい庭園が、一番良く見渡せる席。


 エリスが椅子に腰かけると、マリアンヌも反対側に腰かける。


「式のときは慌ただしくて全然お話できなかったから、こうして来てくれて本当に嬉しいわ」

「わたくしも、お目通りが叶いまして嬉しく思います、マリアンヌ皇女殿下」

「あら、皇女殿下なんて堅苦しい呼び方しなくていいのよ。わたくしのことは、マリアンヌと」

「……はい。では……マリアンヌ様」


 躊躇いがちにそう呼ぶと、花の様に顔を綻ばせるマリアンヌ。

 その笑顔に、エリスはさっきまでの緊張が嘘のようになくなるのを感じた。



 ◇



 それからしばらく、エリスはマリアンヌから沢山の質問を受けた。

 そのほとんどは、アレクシスとの結婚生活についてだった。


 アレクシスが辛く当たっていないか、困ったことはないか、何かあればすぐにわたくしに相談してちょうだいね――と言った具合に。


 どうやらマリアンヌは、エリスのことをとても心配してくれていたらしい。


 マリアンヌは、二番目の兄である第四皇子ルーカスがアレクシスと同い年なこともあり、幼い頃から三人で過ごすことが多かった。

 だがあるときからアレクシスが女性に嫌悪感を示すようになり、それ以来、距離を取られているのだと語った。


 そんなアレクシスが、妻に優しくしている筈がない。

 クロヴィスに様子を聞くと、案の定、アレクシスは一月もの間妻を放置しているという。


 それを聞いたマリアンヌは、居ても立っても居られずエリスにお茶会の招待状を送ったのだと。



「そうだったのですね。ご心配をおかけし、大変申し訳ございません。でも実は二週間前から、殿下はエメラルド宮に居室を移されておりまして、今は食事も共にしておりますの」


 そう。この二週間、エリスはアレクシスと朝夕食事を共にしている。

 アレクシスはできれば朝夕どちらかでもと言ったが、エリスは妻として、夫の希望には答えたいと考えていた。

 だから、朝はアレクシスの起床時間に合わせて支度をし、夕食もできるだけアレクシスの帰宅時間に合わせるようにしている。


 最初はエリスの「今日は何時ごろに帰られますか?」という問いに答えるだけだったアレクシスが、最近は自分から「今日は〇〇時に戻る」と言ってくれるようになった。


 エリスはそれが、どうしようもなく嬉しかった。



 ――だが、マリアンヌはエリスの言葉が信じられないようだ。



「そんな、まさか……アレクお兄さまが女性と食事をなさるなんて……」と、愕然とした様子で肩を震わせている。


 そんなマリアンヌに、エリスはにこりと微笑み返す。


「まだまだ殿下のことはわからないことだらけですが、わたくしたちなりの夫婦の形を作っていけたらと……今はそう思っておりますの」

「――!」


 それはエリスの本心だった。

 アレクシスが女性を嫌いだというのなら、それはそれで構わない。自分だってアレクシスに恋心を抱いているわけではないのだから。


 けれどそれでも、これから先共に過ごしていくというのなら、少しでも良好な関係が築けた方がいいに決まっている。


 

 するとそんなエリスの言葉にマリアンヌは感極まったのか、瞳にうるうると涙を浮かべた。


「ああ、なんてお優しい方なのかしら……。エリス様、どうかアレクお兄さまのこと、よろしくお願いね……! わたくしは、お二人のことを心から応援しているわ……!」

「ありがとうございます、マリアンヌ様」

「困ったことがあったらすぐに相談するのよ? クロヴィスお兄さまに言い付けてあげるから。アレクお兄さまは、クロヴィスお兄さまには昔から頭が上がらないのよ」

「そうなのですか?」

「そうなの。理由はわからないけれど。――あと、アレクお兄さまはグリーンピースがとてもお嫌いね。何か仕返ししたくなったら、食事にグリーンピースを混ぜるといいわ」

「グリーンピース……」

「あとは、そうね。カマキリもお嫌いよ。昔ルーカスお兄さまが、寝ているアレクお兄さまの顔にカマキリを乗せるイタズラをしたことがあって……」

「起きた時にカマキリが顔に乗っていたら、わたくしもトラウマになりそうですわ。……では逆に、お好きなものは――」

「そうね。好きなものは――」



 こうしてこの後も二人は終始和やかなムードで、アレクシスについて語るのだった。

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