第14話 突然の謝罪(後編)

「わたし……は……」



 アレクシスに謝られたことは、嬉しいと感じているはずなのに。

 誤解が解けて良かったと喜ぶべきところなのに。

 気にしていない、わたくしは大丈夫です――そう答えなければならないのに。


 心の中がぐちゃぐちゃで、エリスはそれ以上何も言えなかった。

 涙を堪えるのに必死で、何一つ言葉を返せなかった。


 アレクシスはエリスのその態度に何を思ったか、こう続ける。


「君が望むなら、俺は公務以外で二度と君に触れないと約束しよう。伽もしない。そもそも俺は女が苦手だからな。俺にとっても、その方が都合がいい」

「ですが、それでは子供が……」

「気にするな。俺は第三皇子。兄二人のところに既に子供が八人もいる。弟たちも多い。もし子供ができないことで君を責める者がいたら、"俺が不能だ"とでも噂を流せばいいだろう」

「そんな……それでは、殿下のお立場が……」


 この人は本気で言っているのだろうか?

 子供がいないということは、自分の地位すら危うくなるということなのに――。


 王侯貴族は何よりも血筋を重要視する。

 それが皇族ともなれば、長期的な目線で見て兄弟は敵であり、まして味方にはなり得ない。

 そのことを、第三皇子であるアレクシスが理解していないはずがない。


「本当にいいんだ。そもそも、俺は妻を娶るつもり自体なかったからな。……まぁ実際は、俺たちはこうして婚姻し、身体の契りを結んでしまったわけだが」

「……はい。……そう、ですわね」


(何かしら……。殿下は何を仰りたいのかしら……)


 どこか歯切れの悪いアレクシスを不可解に思いつつ、エリスは言葉の続きを待つ。

 するとアレクシスは、何かを考えるように数秒瞼を閉じてから、再びエリスを見つめた。


「率直に言う。俺はこれ以上妻を娶りたくない。そのために、俺と君の仲が良好だと周りに示しておく必要がある。だから今後は、このエメラルド宮に居室きょしつを移そうと考えている。君は俺の顔など見たくもないだろうが、できれば朝晩どちらかでも、食事を共にできたらと」

「……!」

「身勝手な言い分だとは理解しているが、どうかよろしく頼む」


 エリスを真っすぐに見据えるアレクシスの瞳。

 その切実な表情に、エリスは――。




 ◇



 時刻は夜十時を回っている。灯りの消えた部屋に差し込むのは、わずかな月明りのみ。

 そんな薄暗い部屋のベッドの中で、エリスはアレクシスとのやり取りを思い出していた。



「……あれでは、まるで別人よ」


 そう。まるで別人のようだった。


 今日のアレクシスは、初夜のときとは違い自分をちゃんと見てくれていた。

 あの日のようにキツく当たったり、冷たい視線を向けることもなかった。

 それどころか、自分の気持ちを尊重する態度を見せたのだ。


 伽をしないと言ったこともそうだが、食事の後に渡された第四皇女マリアンヌからのお茶会の招待状も、「出席するかは君が決めたらいい。欠席しても不利益はないようにする」と言ってくれた。

 とは言えエリスは、出席すると答えたけれど。



(ただ恐ろしいだけの人だと思っていたのに……)


 本当は、優しいところもあるのかもしれない。



 エリスはゆっくりと瞼を閉じる。

 そうして、静かに眠りに落ちていった。

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