第37話 ひょっとこ野郎と処女と

「追いついたぞ! やっぱり君が盗んでたんだなぁ! ひょっとこ野郎!」


「何故ここが分かった! まさか、貴様は空か?」


 改めて容姿を見てみる。某バイキン◯マンのコスチュームを着ており、顔だけひょっとこ仮面を被っている。


 所謂性別不明な奴だ。声的に男だろうか?


「おっとこれ以上近づいてみろ。我の改造銃が貴様らを10万ボルトで焼き焦がす」


 クソッ、テーザー銃か。面倒なものを持っている。隙を見て奪い取るか?


 場合によっちゃ正当防衛の大義名分で叩き潰すか。その前に対話で隙を作らなければ。


「クックック、我は邪神坂神楽。闇の世界の支配者にして悪の王である」


「……厨二病か?」


「そんじゃそこらの厨二病じゃないぞ。我は世界中の厨二をすら統べた、いわば厨二病の王である!」


「はいはいもうそれでいい。財布を盗むのはダメだろ。今なら痛い目に遭わずに済むから、さっさと返せ」


◇五十嵐五月好感度メーター100/100



「一樹くん! 私と結婚しましょう!」


 急に五月が乙女の様な表情で顔を真っ赤にしながら言ってきた。


「……はっ?」


 いやいや……色々すっ飛ばしすぎだし状況的に今じゃなくない!?


「子供の名前はどうしましょっか! いやその前に、男の子か女の子かどっちがいいですか!」


「はっ?」


 どうしよう。五月が急に狂ってしまった。こういう時は冷静に手刀で気絶させるべきなのか、俺も一緒に狂うべきなのか?


「さっきからなにやってるのだ。痴話喧嘩は犬も喰わないぞ」


 意味がわからない。何がどうしてそうなった? まさか、あのひょっとこが洗脳を!?


「ひょっとこ野郎! 五月になにしやがった!?」


「我は何もしてないぞ? あの女が勝手に発情してるだけだ。冤罪を吹っ掛けるな」


「君には別の罪あるだろ」


 思い返せば、ひょっとこが五月に洗脳してる姿を俺は見ていない。んじゃあ違うのか。


「私、五十嵐五月という名前に不満を覚えてたのです。五という漢字が二つ続いてるし、読み方も同じですし。結婚すれば小坂五月です!」


「切実だね」


「やっぱり気にしてたのか」


「一樹くんとの結婚式には母上、父上、メイをはじめとした色々な人達を呼んで華々しくしたいのです!」


「……何があったかは分からんが、地雷女にストーカーされて哀れだな」


 いつのまにか盗人に同情されてる。ていうかさ、ストーカーじゃないし何より……


「五月は地雷女じゃあねえよ! 少なくとも今まで付き合ってきた数十人の中だと一番の性格の良さだ」


「地雷女だろ。付き合ってきた数十人より幾らかマシな地雷女だろ」


「五月はなぁ! 美人局するような奴でも無いし、冤罪仕掛けてくるような女性じゃあないんだよ!」


 俺がありったけの感情を込めて五月の性格は悪くないことを叫んだ後、ひょっとこ仮面から憐れみの声が聞こえてきた。


「今まで貴様はどんな人生歩んできたのだ? どのような人生を歩めば、五月の地雷女な性格が霞むぐらいのカス人間と付き合えるのだ? 前世で何やらかした?」


 ああもう、何からツッコミ入れなきゃいけないか分からない。頭が痛い。持病の偏頭痛が現れ出した。


 また偏頭痛で倒れる前に、短期決戦で片をつけないと。


「ひょっとこ野郎。話を戻すが」


「厨二の王だ!」


 うわっ。イタイ以前にダサい。厨二の王ってなんだよ。


「はぁ……そんでさ厨二の王、お前さっきピンクの財布を盗んだだろ」


「貴様、邪眼を持っているな! 面白い、そうだ我が盗んだ。しかしこれは窃盗ではない。永久に借りパクするだけである!」


「それを盗んだと言うんですけど」


 この瞬間、ふざけたことを抜かす自称邪神に奇襲の寸勁を腹へかけた。手ごたえあり。みぞおちにクリーンヒット。


 自称邪神は改造銃を使う間も無く血飛沫を吹きながら後方へ吹き飛んでいった。


「手加減寸勁でよかったな。全力の発勁だったら死んでたぞ」


 相手は改造銃なんてもの持ってたし正当防衛なはず。


「財布は返してもらうぞ」


 というか、ただの盗人が邪神名乗るとか邪神に失礼なんじゃあないだろうか。



         ◇



「グフっ、ただでは終わらんぞ……恥ずかしい情報をばら撒いてから気絶してやる……五十嵐五月は処女! パクチー……」


「は?」


 コイツっ、気絶する前にとんでもない最後っ屁かましてきやがった!?


 ていうか、五月さんが処女!?


 このビジュアルで!?


「えっ?」


「はっ? いやいや私はその……いや……」


 反応的にマジなやつだ!


「……えっと、もしかして五月さん処女なん?」


 チックロックフォロワー330万人。ウィンスタに至ってはフォロワー500万人。そんなインフルエンサーが処女……


 いやまあ、今までの彼女を見てきた感じだと異性耐性皆無なことは分かってたから。あながちそうなのかもしれない。


 それに彼女はまだ高校生だ。あと数ヶ月で大学生だけど。


 当の本人は赤面しながらプルプルと震えている。


「うるさい、うるさーいです! そうですよ、私は男性経験なし彼氏無し歴=年齢の行き遅れ女ですよ!」


 ファンタジーかよ。今時こんな面白くてかわいい美少女が経験無しとか。絶滅危惧種に出会った気分だ。レッドリストに入れよう。


「処女の何が悪いんですか! 私はそこら辺にいるような、股がガバガバな女性ではありません!」


 ついに開き直った。テンパって日本語ロボットみたいになってるし。


「悪くない。むしろ誇っていい。貞操を守ることはとても大切なことさ。自分が言えた義理じゃないけどさ」



         ◇



 偏見だが、もしかしたらと思い聞いてみることにした。


「ちなみに高校は?」


「中高一貫の女子校でしたね。大学は推薦で貴方が通っている所にいく予定なので。身近に異性がいなかったのは6年ですね」


 女子校かぁ。なら出会いとかも少なそうだ。妙に納得してしまった。


 初対面時のやたら少女漫画脳的な行動の原因分かった気がする。異性と話す機会が無さすぎ+処女拗らせってやつだ。つくづく今時珍しい人種なこった。


「まあなんだ。未経験を恥じるなよ。なんなら性行為は危険と隣り合わせだしな。自慢じゃあないが病気移されかけたし」


「えっ……私以外としたんですか? わたしまだなのに……」


「ノーコメントで……」



         ◇



「それで、返事を聞いてないのですが……」


 ああ、そういえば結婚してくれとか言われたなぁ。


「……保留で」


「なんでですか!?」


 五月はガビーんといった表情で詰め寄ってくる。


「落ち着け。とりあえず結婚はまだ色々と速い。だから付き合うことから始めないか? まだお互いあんまり分からないことだらけだしさ」


「そうですか……残念です」


 おお、なんか罪悪感。時期が来れば自分の口から言おう。出来れば早めにしたいと思う今日この頃だった。

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