174.覚悟を決めるとき ***SIDE第一王子
お茶会で友人ができたのよ。母上がこれほど嬉しそうに話してくれたのは、初めてだった。今度紹介してください、と口にしたのは本音だ。
王妃である母上にとって、友人は遠い存在だった。いや、王族である僕や弟妹も同じだろう。遠慮して距離を置かれるか、恩恵を求めてすり寄られるか。常にどちらかだった。対等な関係を築くのが友人だと本で読み、ひどく落胆したのは最近のことだ。
好き勝手に振る舞う父上は、そもそも友人という概念がない。すべて臣下であり、命じて自由にできる存在と考えていた。僕はその考えを受け入れることができない。父上は王族に生まれただけであって、何もできないのだから。
仕事は宰相である伯父やケンプフェルト公爵に丸投げ、他国との交渉は母上に押し付ける。これで王が務まるはずもなく、歴史書で読んだ傀儡の表現がぴったりだった。尊敬できない人物を敬う気になれず、それが態度に出てしまう。この点は僕の未熟さだった。
表情を取り繕い、相手に悟らせないよう振る舞え。母上の教えを実践できるよう、努力はしている。そんな中、母上の様子が変化した。僕に悟らせる人ではなかったのに、苛立っている。
フェアリーガー侯爵だったお祖父様が追放され、伯父上が跡を継いだ話に納得する。母上の苛立ちの原因は、お祖父様だったのか。だが僕の予測は外れたらしい。
数日して、父上のことで話があると呼ばれた。母上の私室である王妃の間に、伯父上も待っている。二人とも厳しい表情だった。明るい色調の部屋で、二人は立っている。だから僕も座らず、目の前で姿勢を正した。
「カールハインツ、三日後に立太子の儀を執り行います。その後二ヶ月で、陛下は譲位させます。あなたが王になるのですよ」
「……僕が、ですか」
いつかは王位に就くと思っていた。弟のローレンツは幼いし、帝王学を含めた教育の内容から期待も感じる。だけど、父上はまだご健在だ。特に譲位の理由も……。
「父上に何かあったのですね」
「聡くて可哀想になるわ。陛下はもう王でいられない。でもね、本当に嫌なら断っていいわ」
驚きで目を見開く。でも僕が断ったら、次は誰が選ばれるのか。幼いローレンツ? まだ無理だ。
「安心してください。王妃殿下も、私もあなたを支えます」
母上は泣き出しそうな顔で、逃げてもいいと僕に告げた。伯父上も忠誠を誓うと言う。もう後戻りはできないのだと悟った。前に進む流れを、無理に押し戻す労力はかけられない。学んだ知識や歴史は、僕に覚悟を決めろと迫った。
「まだ未熟です。今後ともお世話になります」
「ええ、もちろんよ」
母上はドレスの裾を摘んで屈み、両手で僕を抱きしめた。幼い弟や妹に対するように、僕の髪を撫でて頬を寄せる。ふわりと甘い香りがした。こんなに近くで触れるのは、どのくらいぶりだろう。
「愛しているわ、カール。あなたの玉座は私が守ります。いつでも私を頼って頂戴」
母上はこんな声だった? じわりと涙が滲んで、慌てて瞬いた。王になる者が人前で泣いてはならない。教えが過ぎるが、想いの大きさが上回った。それでも必死で堪える。
「この部屋では、誰もカール様を叱ったりしません」
伯父上の許しと母上の温もりが、僕の涙を誘った。ああ、もう……堪えきれないじゃないか。二人のせいにして、僕は思い切り泣いた。目が腫れて痛くなる頃、僕の覚悟は定まった。
「母上の誇る王になることを、お約束します」
ありがとうと微笑んだ母上も泣いていて、僕は沁みる涙をまた溢れさせた。
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