108.そんなに下手じゃないわよ
午前中はレオンのお絵描きを見守り、お昼は全員で庭に出た。曇りで肌寒いけれど、厚着してホットミルクで温まる。お昼ご飯を食べたところへ、王宮から馬車が到着したと報告を受けた。
フランクによれば、王宮から来たものの使者だけらしい。一般的な使者で、王族の代理権を持たないため玄関ホールで受け取る。これが実家のシュミット伯爵家なら、一番いい客間へお通しする案件だわ。まあ、王宮から使者が来る心配も不要でしょうけれど。
お疲れ様と労って、受け取った手紙を裏返す。朱紅の封蝋がされた本物だった。お作法では封蝋を破らず、封筒の上を切るのよね。フランクが手慣れた様子でカットし、再び差し出してくれた。退室しようとする彼を待たせ、一緒に確認してもらう。
「おかしゃま、おてまぎ?」
「ええ、お手紙なの。レオンもあとで書きましょうね」
「うん」
おてまぎ、と繰り返しながら笑顔を振り撒く。フランクの口元も緩んでいるわ。開いた手紙は、なぜかお詫びから始まっていた。突然呼びつけたことを詫び、理由という言い訳が並び、最後にヘンリック様を何とかしてくれと泣きつかれた。
「ヘンリック様、王宮で陛下相手に何をなさったのかしら」
「そうですね。旦那様のお考えならば、ある程度の想像はつきます。書類処理のお仕事を放棄なさったのではないかと」
「あらぁ」
それは大変。口だけは同情を示すが、内心は賛同していた。ヘンリック様もやるじゃない。にっこりと笑顔で本音を示せば、フランクは注意せず頷いた。さすがに昨日の呼び出しは失礼すぎたもの。国王陛下でなければ、右の頬を叩いて、左の頬に拳をお見舞いするところよ。
昨日は私に付き添ってくださったし、今朝さっそく仕返しをしてくれたのね。あとでお礼を……言ってもいいのよね? 家族団欒の時なら問題にならないかしら。
くいっとスカートを引っ張る感覚に、慌ててレオンへ向き直る。目を輝かせて「おてまぎ」と急かす。言葉が間違ってるのに、正したくないわ。その発音が可愛い。このまま、世間の手紙をおてまぎに直してしまいたい。
「お手紙を書くのね。誰に送りましょうか」
「……あげちゃ、うの?」
「そうよ。お手紙は誰かに届けて、代わりにお返事をもらうの」
理解しづらいようなので、まず試してみることにした。まだ勉強中のエルヴィンの邪魔をしないよう、玄関脇の客間で手紙を作る。レオンはクレヨンで絵を描き、私は隣で……何を書こうか迷った。
レオンの返信をしたいけれど、文字で書いても伝わらないし。絵なら……なんとか。クレヨンを借りて、紙にウサギを描く。見守るフランクの顔が引き攣った。何かおかしいかしら? ちゃんと耳も長いし、猫みたいな口で……ほわほわした毛皮。私の知ってるウサギじゃないわ。
描き直したけれど、改善は見られなかった。諦めて、レオンと交換する。
「うちゃぎ!」
大喜びするレオンには伝わったみたい。フランクは驚きすぎて、言い当てたレオンを凝視した。そんな驚くほど下手じゃないと思うのよ……たぶん。
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