90.嫉妬深い夫と思われたようです

 綺麗に着飾ったのに、ぺたんとお尻をついて……。仕方ないわね。レオンを見た王女殿下が真似をして、レンガ敷きの通路にぺたりと座った。ひっと息を呑むけれど、王妃殿下は「あらあら」と笑うだけ。侍女達も動かないことから、普段からの行動なのだと安心した。


 レオンのせいでお行儀悪く振る舞ったなんて思われたら、あの子が可哀想だもの。


「ケンプフェルト公爵夫人……遠い感じがするわね。親しさを込めて、アマーリア夫人と呼んでも構わないかしら?」


「はい、王妃殿下。とても光栄ですわ」


 王族が名前で呼ぶのは親しみの表れだ。私が王妃殿下と親しくできれば、今後の公爵家に寄与できる。上位の貴族が下位の者を呼び捨てにするのは、部下である場合が多い。仕事の付き合いで面倒な尊称や肩書きを省く。今回のように「夫人」を付けるのは、これとは別の事例だった。


 フランクに教わった通りなら、王妃殿下は私を気に入ったと表現している。光栄だと受け止め、そのまま返した。取り繕ったところで、いつか素が出るもの。最初から私らしく振る舞って、ダメなら距離を置けばいい。


「マルレーネと呼んでね」


 明るい口調で言われ、目を丸くした。この場合、尊称はどうしたら? マルレーネ夫人……は違う。ならば、マルレーネ王妃様? 私が呼び方に迷う間に、ヘンリック様が動いた。


「マルレーネ様、妻は社交慣れしておりません。いきなり距離を詰めるのはどうかと」


 丁寧な口調で苦言を呈する。そうよ、テーブルには夫も一緒だったんだわ。公爵閣下だし、そつなく対応してもらえるはず。ほっとしながら顔を向ければ、彼は王妃殿下へ厳しい表情を向けた。


「嫉妬深いのね」


「当然でしょう、俺の妻です」


 気安い口調でやり取りする様子を、きょろきょろと左右に首を動かして眺める。女性に厳しいかと思ったけれど、そうでもないのね。国王陛下とは従兄弟だし、もしかしたらよくお話されるのかも。ほっとすると同時に、もやもやする。緊張しすぎて、気分が悪いのかしら。


 胸元に手を当てたことに目敏く気づいたヘンリック様が、椅子から立ち上がった。見上げながら、自然と彼の方へ向き直る。私の足元に膝を突き、心配そうに両手を握った。


「顔色が悪い。帰ろう」


「いえいえいえ、平気です」


 やや大きな声が出てしまった。だって、思わぬことを言い出すんですもの。王家のお茶会に出て、まだ何もしていないのに帰るのは失礼だわ。ヘンリック様に具合が悪いのではなく緊張しただけと伝え、心配のお礼も足した。


「本当に平気か?」


「はい、ですから席にお戻りください」


 注目されちゃってます! 最後の一言は呑み込み、右側の他公爵家の席を視線で示す。見られていますよ、仕草で注意を促した。ヘンリック様はちらりと確認し、仕方なさそうに立ち上がる。席に戻ったところへ、王妃殿下がころころと鈴を転がすように笑った。


「まぁ! ヘンリック殿のこんな表情が見られるなんて……今日は本当に驚いたわ。でも夫婦仲がよくて安心しましたよ」


 少し大きな声で告げて、よその公爵家の皆様に「見物は終わり」と言い渡した。さりげない所作で視線を逸らす二つのテーブルは、何もなかったようにお茶会が再開する。ふと気になった。どうして長テーブルにしないで、丸いテーブルでお客様を分けたのでしょうか。

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