88.やはり王妃殿下と同じ席でした

 用意された紅茶を覗き込むレオンは、残念そうに唇を尖らせた。ジャムを入れたお茶に慣れてしまったのね。今後のために普通のお茶も出すようにしなくちゃ。でも今日は大丈夫、テーブルにジャムがあるもの。スコーン用だけれど、構わなかったはず。


 テーブルに並べられたものは自由に使える。足りなければ侍女や侍従に催促していいの。フランクとイルゼに叩きこまれた作法を思い浮かべ、すっと手を伸ばした。触れる直前に、慌てて手を止める。あぶ、なかった……上位者が手を付けてないのに、ジャムを開けるところだったわ。


「アマーリア、ジャムか?」


「え、ええ。レオンの紅茶に入れてあげようと思って」


 つい、手が出ちゃったの。おほほと笑って誤魔化した。王妃殿下がいらしてからでも間に合う。ヘンリック様はなるほどと頷いたものの、やはり手は伸ばさなかった。


「おかしゃま、あのね……あまいの……して」


 こっそりと伝えたレオンに、微笑んで頷いた。


「飲む前に入れるから待っていてね」


「あい」


 お行儀よく、大人のフリをする。約束を思い出したようで、レオンはぴっと背筋を伸ばした。すぐに疲れて丸まっちゃうけれど、それも可愛い。見守る侍女の眼差しが温かい。嘲笑する感じじゃなくて、ふっと笑みがこぼれる感じだった。


 王族の入場を告げる案内に、椅子から立ち上がる。レオンは迷ってきょろきょろしたけれど、すぐにヘンリック様が抱き上げた。これって平気なの? 慌てて周囲を見回すと、レオンより小さな子がいないので参考にならなかった。自分で立って挨拶できる年齢がほとんどだわ。


 ヘンリック様なら作法を間違ったりしないはず。にわか公爵夫人の私と違って、立派な公爵閣下だもの。王宮で仕事しているんだから大丈夫。自分に言い聞かせて落ち着く。


 優雅に入ってきた王妃殿下は、美しい銀髪の女性だった。隣に立つのは六歳の第二王子殿下と二歳下の第一王女殿下ね。王子殿下は銀髪にやや茶色が入り、金髪とも違う不思議な色合いだ。金髪の王女殿下は、国王陛下の色を受け継いだのね。


 この国の王族は金髪が多く、第一王子殿下も見事なブロンドだった。王族の血を引くケンプフェルト公爵家が黒髪なのは、二代前に他国の王族を受け入れたからと聞いている。ヘンリック様のお祖母様が黒髪だったのよ。遺伝しやすい黒髪が公爵家に残った形ね。


「皆様、本日は来てくださってありがとう。楽しんでくださいね」


 十二歳のお子様がいるとは思えない若い姿は、驚きだった。王妃殿下はほわりと微笑む。さっと頭を下げるが、角度は深くしない。頭の中で覚えた作法を繰り返した。着座の音がしたらゆっくり顔を上げる……音がしないのだけれど?


 ちらりと視線を向ければ、ヘンリック様に抱っこされたレオンと視線が絡んだ。にこっと笑えば、レオンも嬉しそう。ヘンリック様が上手に抱き直し、頭を下げた形にしていた。社交では本当に頼りになる夫だわ。


「楽になさって」


 王妃殿下の言葉による許可が出て、ようやく姿勢を正す。予想通り、同じ席に王妃殿下が腰掛けていた。侍女が抱えて、王女殿下が着座する。それを待って、ヘンリック様はレオンを椅子に下ろしてから自分が腰掛けた。

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