86.胸元が、ですか?
「これは……いい傾向ですな」
「お似合いですね」
お父様のセリフに、フランクが相槌を打つ。見送りに来た弟妹達も笑顔だけど、にこにこよりニヤニヤかしら。口笛吹いたりしないのよ、お行儀が悪いわ。ユリアンの口を、ぱっとユリアーナが押さえた。
「いってきます」
ここは早々に逃げる方がいいわ。私はレオンと手を繋いだまま馬車に向かおうとし、慌てたヘンリック様に遮られた。前に立たれたら、避けてまで馬車に向かうのはおかしい。でも……どうしたいの? ヘンリック様と二人なら手を預ける場面だけれど、今はレオンがいるし。
「レオン、俺とも手を繋ごうか」
「あい!」
元気よく答えたレオンが、空いた右手を差し出した。私のエスコートで左手を繋いだレオンの右手を、ヘンリック様が掴んだ。二人の間できょろきょろして、レオンはぱっと明るい表情になった。
「うれるの、する?」
売れる……ああ、揺れるね。頭の中で変換し、私は首を横に振った。サイズの違う縞瑪瑙が連なる耳飾りが大きく揺れる。
「今日は我慢してね。おすまししてお出かけ、昨日もお話したでしょう?」
「……うん、ぼく……できる」
何度も説明して覚えさせた。偉い王様のお城に遊びに行くから、暴れたり騒いだりしない。子供だけど大人のフリをする。頑張れると約束したのだ。レオンはこれも遊びの一つだと捉えていて、ルールとして覚えた。
今はそれでいいわ。難しい人間関係や貴族の階級も後回し。お友達が作れたらいいけれど……高位貴族ばかり集まる上、今回は子供の参加が義務づけだった。おそらく、第二王子殿下か第一王女殿下の側近候補を探しているのね。
第一王子殿下は一人、年齢が離れている。確か、十二歳前後だったわ。ケンプフェルト公爵家は子供が一人だけれど、他の参加貴族は複数の子がいるだろう。気の合う子が見つかればいい。
王宮からの迎えの馬車ではなく、公爵家の馬車が用意された。乗り込んで、手を振る弟妹に微笑む。ユリアンがお土産よろしくと叫んだけれど、たぶん……王宮内にお店はないと思うの。帰ってから説明しましょう。
「お土産か。何か手配させよう」
「……はい。ありがとうございます」
可能なのね。驚きながらお礼を告げる。レオンは事前に教えたので、私の隣にちょこんとお座りしていた。両足を揃えて座り、手も膝の上。
「偉いわね、レオン。上手にできているわ」
「うん、がんがる!」
言葉は徐々に流暢になっているけれど、まだまだ未熟だ。誰かに虐められたら……想像するだけで拳を握った。そんなことになったら、子供の喧嘩だろうと親の私が介入するわ。公爵家嫡男である以上、レオンより上の身分は王族しかいないんだもの。
「……その……アマーリア。すごく綺麗で美しいんだが……胸元が、あの……」
言われて確認するも、別に着崩れていない。首を傾げた私に、ヘンリック様は真っ赤な顔でごくりと喉を鳴らした。
「どうかなさいまして?」
「は、肌が白くて、っ。お、大きい、から」
水着の跡みたいに、胸元だけ白いのが気になるみたい。上着とドレスの合間に、少し肌が覗くデザインだった。目が吸い寄せられる。そんな意味合いの苦情に、困ったわねと眉尻を下げた。契約条件に入っていなかったので、そこは我慢していただきましょう。別に夫が妻の胸を凝視しても、問題ないはず……よね?
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