54.手遊びをしてぐっすり
レオンをお風呂に入れて、同じ部屋で眠る。そう聞いた途端、旦那様が恐ろしいことを言い出した。
「ならば俺も一緒に……」
「いけません!」
失礼なのを承知で、ぴしゃりと断った。ここは譲れないわ。だって契約違反だもの。私は旦那様と閨事をしない契約をしている。レオンを侍女リリーに預け、お風呂に入れてもらう間に説明した。さすがに幼子の前で、こんな話はできない。
「契約違反?」
「そうです。契約を守っていただけますね?」
素直に引き下がる旦那様を見送り、風呂上がりのレオンを迎えるために急ぐ。幸い、髪を洗ったレオンはゆっくり上がってきた。タオルで包んでしっかり乾かし、私も大急ぎで入浴する。といっても、侍女マーサが丁寧に洗ってくれたのだけれど。世話をされることに、私が慣れない。
「いまだに慣れないわ」
「奥様はなんでもご自分でできますから」
ふふっと笑うマーサは、一回りくらい年上だ。包容力があって、レオンの乳母も可能な男爵家の未亡人だった。出産経験もあり、それどころか十二歳まで我が子を育てていたとか。達人だわ。レオンを任せる時も安心できるのよね。
「おかあしゃま」
ちらっとお風呂の隙間から覗くレオンに、今行くわと答えた。手早く体を拭いて、楽な部屋着でレオンを抱っこする。促されて長椅子に腰掛ければ、後ろからリリーとマーサ二人掛かりで、髪を乾かされた。
まだ眠くないと後寝るレオンが可愛くて、ふふっと笑みが漏れた。侍女達も笑顔で見守る。ベッドの上で、懐かしい遊びをした。手遊びの一つなのだけれど、この世界ではなく前世の日本の歌だ。
「ずい、ずい、ずっ、こ、ろ、ばぁ〜し」
本来のリズムより遅く、ゆっくりと歌う。一言ずつ区切る形にして、レオンに手の動きを教える。興味深そうにするリリーが、初めて教えた時のエルヴィンみたいだわ。彼女達も手招きして、近くでもう一度やってみせた。
すぐにやり方を覚えた侍女と、目の前でやってみせる。レオンは説明されるより見て覚える方が得意なのかしら。すぐに真似し始めた。数回繰り返すと満足したようだ。
「今日はおしまいよ。また明日遊びましょうね」
「あい!」
手を挙げて元気よく返事をしたけれど……この興奮状態で眠れる? 心配した私をよそに、レオンは横になってすぐ寝た。横向きでレオンを抱っこし、私も目を閉じる。天蓋を下ろす気配がして、リリー達が退室した。
いつもと同じ、どこにでもある夜の風景。二階の部屋で旦那様が何をしていたかなんて、まったく考える余地もない。だから驚いたのよ。準備を終えて食堂へ向かった私達を迎える旦那様の目の下に、立派な隈があったんだもの。
「……おはようございます。昨夜はその……眠れなかったのですか?」
「おはよう、少し調べ物をしていた」
はぁ……間抜けな声が漏れた私の腕の中で、今日も元気なレオンは「おはよ、ごじゃまちゅ」と頭を上下に揺らす。席に着いた私は気になって、旦那様の様子を観察した。
目の下の隈は寝不足よね? なるほど! 調べ物をするために昨夜は早く帰宅なさったのね。ならば毎日のことではなさそう。私は安心しながら、並んだ朝食に手を伸ばした。
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