42.知らないという罪 ***SIDE公爵
前妻はキースリング侯爵家から娶った。文官の纏め役でもあるキースリング家との婚姻は、家にとってメリットがある。だから拒まなかった。彼女が産んだのは跡取り息子、その後すぐに流行り病で失った。
前妻に関して、特に何も思うところはない。愛していなくても体を繋ぎ、惚れていなくても子を身籠ることは可能だ。それが証明されたに過ぎない。貴族の政略結婚とは、その程度の繋がりだろう。
跡取りが生まれたため、その後は妻を娶らず過ごすつもりだった。だが煩わしさに負け、契約結婚を取り付ける。息子の面倒を見る者が必要だ。その程度の感覚だった。虐待さえしなければ、問題はない。
だが、俺は何も知らなかった。それでは通らない状況だが事実だ。妻の言葉通り、家令フランクを呼んで説明を受けた。彼は言葉を選びながら、父上の暴力を説明する。身体への暴力は間に入って止めてきたが、心についた傷は深い、と。
祖父に怯える仕草を見せたため、アマーリアはレオンを引き離した。それを何も知らずに帰宅した俺が、父への扱いに文句をつける。さぞ腹が立っただろうに、アマーリアは感情的にならず俺を窘めた。
正直、驚いている。女とはいつも甲高い声で騒ぎ、甘えた声ですり寄る生き物だった。あまりの違いに驚き、彼女の話がするりと心に届く。そうでなければ、フランクから話を聞いたりしなかった。一方的に叱りつけ、彼女を遠ざけたはず。
なぜ報告しなかったのか、愚かな問いが喉に詰まった。報告書は毎月届いている。その中に記されていた。ただ俺が目を通したのは、家計が足りているかだけ。まだ赤子だった息子の報告は読んだ記憶がない。
「フランク、報告書の控えはあるか」
「はい、お持ちいたします」
何年前と問わずとも、レオンが生まれた年から運ばれてきた。黙々と目を通す。食事も片手間に済ませ、夜が明ける頃……ようやく状況を把握した。
何度も返答を求める手紙も送られていたが、俺は覚えていない。フランクは対応を求める文面を送り、なんとか改善しようと試みていた。仕事の書類を優先して横に避け、そのまま忘れた俺が悪い。
父母との思い出はほとんどない。幼い頃は乳母がいたが、すぐに解雇された。その後から勉強が始まり、剣術を習い、様々な教養を詰め込まれる。それが貴族として当たり前だと、信じて生きてきた。
違うのだ。アマーリアの知る日常は、レオンを大切にする彼女の生活は、俺が過ごした日々と同じではない。
窓の外は青紫に染まった空が、徐々に明るくなる。寝不足の目に染みる光に、目を細めた。読み終えて積んだ報告書を机に残し、窓際に近づく。
ふと、文官の一人の笑顔が浮かんだ。あれは三日ほど書類が途切れた時だ。ようやく家に帰れると嬉しそうに笑った。あのときは理解できなかったが、今になって解りたいと思う。
公爵の地位にありながら無能で、国王から交代を望まれた父。浪費癖があり、実家に戻した母。家族とは、血の繋がる他人が同居する程度の関係だ。だが本来は、惚れた異性と家庭を築くものだと知識はある。
他者に羨ましがられる容姿、能力、財産、家柄……何不自由ない生活が当たり前だった。なぜだろうか、何も持たなかった妻の方が幸せそうに笑う。その理由を無性に知りたくなった。
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