36.女主人として命じるわ
「フランク、ベルント!」
家令と執事を呼ぶと、先に駆け付けたのはフランクだった。
「お呼びでしょうか、奥様」
「ええ、そこに居る無礼な殿方を外へ出して頂戴。仮にもケンプフェルトの先代公爵を名乗る方が、こんなに無礼なはずがないわ」
きっぱりと言い放った。女主人としての命令でもある。顔を上げたフランクは、満足げに口元を歪めた。あなた、私を試したわね? 今回は許してあげるから、さっさと連れ出して。視線でもう一度命じる。
「承知いたしました。ヨーナス様、客間でお待ちください」
公爵家の使用人を統括する立場として、まずは静かに言葉で促す。だが騒いで動かない前公爵に、彼は容赦しなかった。
「連れ出して一番離れた客間へ。勝手に抜け出さないよう、監視もつけるように」
淡々と騎士に命じる。屋敷の護衛であり、規律を維持する騎士は私に丁寧な一礼をした。両側の腕を組むように捕え、嫌がる義父を引っ張っていく。姿と声が見えなくなるまで、レオンは顔を上げなかった。
ぎゅっと首に回した腕は必死で、可愛いお顔は見えない。義父の姿が消えるまで、私はレオンの後頭部を手で覆っていた。離さないと行動で示し、優しく黒髪を撫でる。一度は立ち上がったけれど、椅子に座り直した。
「大変失礼いたしました」
「本当よ、フランク。ここは食堂で、私とレオンは食事中だったの。あんな無礼者を通すのは、今回限りにして頂戴ね。二度目は許さないわ」
叱ったのに、フランクは嬉しそうだ。女主人らしく振る舞えたかしら。
「今後は二度と通しません。深くお詫びいたします」
「ベルントは?」
「無礼な客人の荷物運びの指揮を任せました」
なるほど。私の味方になりつつあった執事を遠ざけ、女主人としての覚悟を確認した。そして合格したのでしょう。フランクはずっと、私に女主人のあるべき姿を説いていたもの。
「そう。レオンを傷つけるなら、私は一切の容赦はしない。覚えておいてね」
無言で頭を下げる家令フランクが頭を上げる頃、私はレオンの頬にキスをしていた。ちゅっと音を立てて降らせ、すぐに離れる。いくつも降らせたことで、擽ったいとレオンが笑い出した。
子供、それも幼いうちはこうして笑うのが大事よ。声を立てて笑い、周囲の大人を味方につけるのは子供の特権だもの。
「もう怖くないかしら?」
「っ、うん」
「お母様が守るから、怖かったら隠れていいわ」
「いい、の?」
男なら女を守りなさい、って誰かに言われたのかも。私だってレオンが成人していたら、同じように言うでしょうね。でも……。
「ええ、いいのよ。大人になったら、誰かを守れるようになるわ。それまでは守られるのがレオンの役目よ」
貴族の子弟教育として、間違っていても構わない。我が子を守るのは親の使命です。微笑んだ私に、レオンはほわりと笑った。心から安心した顔で、私の頬に小さなキスを返してくれたの。
あまりに天使すぎて、羽が生えたんじゃないかと心配しちゃったわ。
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