第47話 黎明を告げる響

 橘さんは口を固くへの字に結んだまま俯いている。強く握りしめられた拳は震えていて、手のひらに爪が食い込み裂けてしまうんじゃないかと思うほど力が入っていた。


 橘さんは入学当初からバンドを組み、メンバーが入れ替わっても決して折れることなく今日まで続けてきた。きっとこのバンドが橘さんにとっては居場所であり最後の砦なんだ。はいどうぞ、なんて簡単に主導権を譲れるはずがない。

 橘さんの境遇はどこか自分に似ているだけに今橘さんに迫っている選択は自らの首に刃を突きつけるようで、ここまで勢いで突っ込んだはいいもののだんだん退き返したい気持ちが湧いてきていた。今更になって弱気が顔を覗かせる。


「急にそんなこと言われてもすぐには結論は出せないよね……。明日……明後日、いや来週あたりにまた来るね。」


 これ以上気が逸れてやっぱり自分たちが橘さんのバンドに入れさせてもらって……なんて情けないことを言ってしまいそうになる前に出直すことに決めた。


もう止まれないところまで走り出してしまったから、どれだけ心が痛んだって退くことはできない。

 自分は夢のためなら、世界を変えるためになら……悪役にだってなってみせる。



「待って。」


 観客席に背を向けて踵を返す背中を橘さんの強い決意の込められた声が引き留める。振り向くと譲れない想いの煌めきがこちらを見据える橘さんの瞳に燃えていた。


 有無を言わせない橘さんの姿に余裕を見せるでも悠々と受け止めるでもなく、ただ続く言葉を待つことしかできない。ステージと観客席がそっくり入れ替わってしまったみたいだった。


「私にも、絶対に譲れないものがある。あなただけに届けたい人がいるわけじゃない。」


 橘さんが一歩ずつ、踏みしめるようにして舞台へ進み始める。


「絶対に届ける。自分はここにいるって、今でもまだあなたを待っているって伝えないといけない。だから……だから、私は止まれない。」


 橘さんの言葉はまるで自分のことを言われているように心に深々と突き刺さった。なりふり構っていられないほど逼迫したものがあって、強い意志の奥には焦りが見え隠れしている。自分だけではこれ以上伸びあがれない、いわば自分の限界を感じ始めている。


 橘さんは明音に出会う前の自分そっくりだった。


「わっかてるのよ。私だけではこれ以上進めない。今、どうしたらいいかも……。」


 橘さんがステージの目の前までやってきて立ち止まり俺とじっと目を合わせる。


「だから、ひとつだけ。私からも絶対条件……。必ず守るって、誓って。」


 すでに橘さんに不利な条件を突きつけた自分にはその条件を聞く以外に選択肢はない。それに、もしそれが自分たちにとって不利益なものでないなら可能な限り手伝ってあげたいとすら思っている。


「うん。聞かせてくれる?」


「私からの条件。今年の十二月の|Twilight Winter Festival《TWF》に出場すること。私にとっても黛先輩にとっても文化祭と同じかそれ以上に大事な舞台なの。だから、今後の方針に加えて。それが私からの条件。」


 どこか懇願するような感情すら孕んだ橘さんの瞳に見つめられながら内心では少し拍子抜けしていた。それくらいの条件でいいのか、と。


「……橘さんはそれでいいの?」


 だから、そんな問いかけをしてしまった。


「え?」


「TWFのことは知ってる。文化祭のブルームアウェイは内外ともに知名度も高くて総合力や話題性が重視される舞台で文化祭全体がこの地域の文化の祭典なら、その数か月後の年末のタイミングに開かれるTWFは音楽性やメッセージ性や演奏が重視される云わば音楽の祭典。ブルームアウェイよりもTWFを重視する人も少なくない。そうだよね?」


 あっけにとられる橘さんに自分の認識の確認をすると首を縦に振って答えてくれる。


「あ、うん……。そうよ。特にスクールに通ってた子たちはそういう子が多いのよ。私もそうだし、黛先輩もそう。」


「だったらさ、優勝しようよ。出場じゃなくて。」


 俺からそんな言葉が返ってくるとは思っていなかったようで橘さんの大きな目がさらに見開かれて、すぐにやや強めの批難するような目に代わる。

 

「そんな……あっさり言えるくらい簡単なことじゃないのよ?ここで音楽やってるみんなの憧れなんだから!文化祭よりも場合によっては難しいのよ。文化祭は評価する人も見る人も一般の人が多いしエンタメとしての評価が強いけどTWFは完全に音楽に全振りしてる。文化祭よりもさっきみたいな歌の評価は低くなりやすいのよ?」


 並々ならぬ熱意があって本当に憧れているからこそ軽んじられたくない。橘さんからはそんな想いが伝わってくる。


「でも出るんだったら優勝したいでしょ?」


 だからこそ、自分は橘さんの口から「優勝したい」という言葉を聞きたかった。


「それは、そうだけど……。でもそんな簡単に口にできることじゃ……。」


「俺はブルームアウェイに辿り着く。軽い気持ちで言ってないよ。絶対辿り着くんだって思ってる。その為ならなんでも利用する。絶対、ブルームアウェイに辿り着いて見せる。」


 橘さんに自分の意志を表明してみせる。これはブラフでも冗談でもない。


「橘さんも音楽を届けたい人がいるんだよね?じゃあ一番高いところから呼びかけようよ。ここにいるぞって、一緒に。」


 そういって橘さんに手を伸ばす。ステージの上から引っ張り上げる手を。


「ああ、もう!わかった!!私の絶対条件はTWF優勝すること!!焚きつけたんだから絶対、音楽に誓って守ってね!?」


 半ばやけくそ気味に橘さんが力強く伸ばした手を握り締める。


「うん、一緒に立とう。」


 そう笑って見せて橘さんをステージに引き上げた。

 橘さんはステージに立つとすぐに振り返り、舞台下のもうひとりに手を伸ばした。


「先輩、何してるの?ほら、先輩も早く。夢なんでしょ?」


 自分は優勝すると宣言するのを先程まで躊躇っていたのに、当然のように黛先輩に手を伸ばし催促する橘さんに黛先輩はあっけにとられていたけどすぐに微笑みを浮かべてその手を掴む。


「ハナちゃんが目指すなら目指すしかないよね。ハナちゃん一人じゃ心配だもん。」


 こうして来途を引き入れてから五日と経たないうちに俺たちのバンドが結成された。二度の文化祭に加えてもうひとつ、目指す場所が増えた。


 新たに見つけた星が瞬き、さらなる星座を描く。


 星の輝きがまた少し自分を夜明けまで導いてくれる。


 そんな確かな黎明を感じていた。


*****



 暗い夜に空を見上げて 闇を切り裂く星を見つけた


 この星を辿る先に もう新しい夜明けがある


 ひとり不安な孤独の夜も ぼくら星座を描いて走っていこう


 夜明けは近い 時代の黎明


 明けない夜はない

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