鳥葬

ぬりや是々

一、鼬か白鼻芯

 ええ、イタチか、そうでなきゃあハクビシンか何かだと思いますねぇ。

 この先の溜池の奥に大椚があるでしょう。そこの周りで烏瓜が白い花を付ける季節になりましたんで、どれ、ひとつ見に行こうかと。見事に咲いているようでしたら一輪捥いで帰ろうか、そんな風に思ったわけでさぁ。



 宵の口の少し前、山々に挟まれた狭い里でしてね。空なんかはまだ薄茜で、星も出てやしないのですが、その道はすっかり薄暗くなっておりまして、松虫なども鳴いております。見通しも悪く道幅も狭い。だから朝夕の薄暗い時間には、まだ車に轢かれて間もない動物の死骸が、道の真ん中に転がってる事がありまして。

 

 割と目は利く方でしたので、ぱっと曲がり角を抜けてすぐにそいつが目に入りましてねぇ。

 アスファルト敷きの道路の真ん中で、細長い体を横たえていてぇ、ひと目で嗚呼、死んでいるなぁ、と分かりました。

 幸いにもまだ早い時間でしたので、後続の車に轢かれてどうこう、という事もなくまだ綺麗なものでしたね。そいつを踏まない様に横目に見ながら通り過ぎて、少し行った先で思ったわけでさぁ。

 

 この辺りも昔は長閑なその辺の田舎、という様子だったんですが、近くに何処ぞから来た工場が並ぶ様になりまして。朝夕の決まった時間帯には、ここいらは工場で働く奴らの裏道としてびゅんびゅん、車が抜けるようになったんでさぁ。

 そんな時間帯も間もなくで、このままこいつを置いておくと、気付かない車に踏まれてぺしゃんこでしょうさね。それとも気づいていても避けないもんなんですかねぇ。まあ、いずれにしても特に急いでる訳でもありませんし、ちょいと戻って改めてそいつを見下ろしたんで。

 

 口の周りの地面に小さな赤黒い血溜まりがあるくれぇで、そいつは目を閉じて眠ってるようでしたね。それでもすぐ死んでるって分かったのは、本当にピクリともしねぇからでしょう。

 嫁がふざけて死んだふりなんかしましてもね、やっぱり体のどっかが動くわけです。胸の上下ですとかぁ、瞼がぴくぴくしたりですね。嫁なんかはよくふざけてそんな事するんですが、まあ下手クソでして、直ぐ我慢できずに鈴が転がるみてぇに笑うものでしたがね。

 ともかく、ぴくりともしねぇそいつの首根っこを掴んで持ち上げたんです、ええ、道の脇にでも避けてやろうと思いまして。いえいえ、別に可哀想だとか、弔ってやろうとか、そんな気持ちじゃありません。なんて言うんでしょうかねぇ。

 田舎に産まれてぇ、野山を駆け回り育ってぇ、最後にこんなアスファルトの上で死ぬこたぁない、そんな風に思ったんです。こんな所で死ぬこたぁないって。まあ、もう死んじまってますがね。

 

 首根っこを掴んで持ち上げますと、思ったよりずしっと重く、そして本当にぞくっとするぐらい冷たい。氷の塊みてぇなイタチだかハクビシンだかを、道路のすぐ脇の土手に持って行ってね。ええ、丈の短い草の上に置きました。穴でも掘ってやろうかとも思いましたが、こうやって見える処に置いておけば、目敏いカラスが見つけてくれるだろうとそのままね。

 

 なんですか、大陸の方だと死体を鳥に食わす風習があるなんて聞きました。よく知ってるって、まあ、嫁が言ってたことでさぁ。嫁はこういう話が好きだったんで、あれこれ聞いたもんですが、こっちとしては精々、毎日の飯の心配くらいでしたね、へへ。

 それはそうと、風習なんて言わずとも、そうやって死んだもんを別の奴が食って命を繋いでくってのは、まあ自然なことではないですかね。だから、このイタチか何かも、食う所もないくらいぺしゃんこになるか、穴に埋められるよりはカラスに食われた方が幸せなんじゃないか、そんな風に思ったんです。

 そうやってカラスの血肉になって、カラスが子でも産めば命が巡る。ひょっとしたらカラスの子に生まれ変わるのかも知れませんしね。はは、いえいえ、こいつは全部嫁の受け売りでさぁ。

 

 良いことをしたなんて思いませんぜ。こっちだって生きてりゃ知らず知らず、何処かで何かの命を奪ってる事だってありましょう。だから、イタチだかを轢いた奴にも、どうこうって事はなかったんです。運命って言うんでしょうかね、とにかくついてなかったとでも言うか。

 それでもね、まだその週も明けないってうちに、全く同じ場所で、同じ様な時間に、別のイタチだかが車に轢かれて死んでるのを見つけまして。そん時は、もう通り過ぎないで真っ直ぐそいつの所に行きましたね。

 驚く程同じ死に姿でしたねぇ。一瞬、時間でも戻って同じ場面に会っちまったんじゃねぇか、そんな風に思うくらいです。やっぱり口の周りに血溜まりが出来てまして、ずしっと重いそいつを持ち上げると、どろっと糸を引きましてね。

 この時は流石に可哀想にと思いましたねぇ。前に死んでた奴の、番かぁ、親子なんじゃないかと思ったんでさぁ。そんな風に思ったからですかね、可哀想になぁ、苦しかっただろう、悲しかっただろう、悔しかっただろう。そうやって思うと、轢いた奴に沸々と怒りみてぇなもんが湧きましてね。

 

 こんな裏手の、くねくねした見通しの悪い道を、動物も避けられねぇような速さで走るんじゃねぇ、と。それとも避けられねぇような図体のでかい車にでも乗ってたんでしょうかね。だいたいちょいと移動するくらいなら四本、足がついてりゃ充分なんです。そいつを、見栄張って扱えねぇようなでかい車乗りやがって。

 

 二匹目のイタチだかハクビシンだかも、やっぱり道の脇の土手に置いてやりまして。前に置いてやった奴はもう跡形もなかったんで、きっと首尾よくカラスが平らげてくれたんでしょう。同じカラスに食われるといいなぁ、胃袋でも、カラスの子の体の中でも、何処かでまた一緒になれるといいなぁ、なんて頭ん中で話かけてやりました。

 

 手前の勝手な気持ちですからね、手は合わせませんでしたぜ、ええ。

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