第110話 黒幕貴族を倒す(後編)

「ひぃっ!」


 酷薄こくはくな笑顔を見て伯爵が思わず悲鳴を上げる。

 一人残ったのはマガイだが、この状況に舌打ちした。


「くそっ!」


 部下を全てやられ敵わないと見るや、マガイは即座に逃走を決める。部下も雇い主の伯爵も見捨てて一人だけ脱出しようと「隠形」スキルを発動した。

 これは「隠密」の上位スキルであり、この使い手はめったにいない。ギルバートの「絶影」には劣るものの、非常に優秀なスキルである。

 しかし、そのギルバートには「隠形」すら見破るスキル「千里眼」があった。


「おっと、一人だけ逃げようなんてそりゃ無いぜ。かしらは責任を取らなくちゃ」


「なあっ!?」


「隠形」スキルを使ったにも関わらずあっさりとギルバートに捕まえられて、マガイは驚愕の叫び声を上げる。しかしそれもつかの間、ギルバートに当身を食らって気絶させられた。


 マガイたち盗賊が無力化されたことで、ホウカが伯爵親子を地上に降ろす。親子の襟首はしっかりつかんだまま後ろに待機した。

 俺とメルが、ホウカに捕まった伯爵親子の前に立つ。メルはわずかに浮かんでおり、地面に座り込む伯爵を見下ろした。


「さて伯爵。あなたには色々と聞きたいことがあるの。協力してくれる、わよね?」


「ひぃいいっ!」


 大魔法使いの有無を言わさぬ圧力を受けて、ボードワン伯爵が顔面蒼白になる。息子のガストンはすでに失神しかけていた。

 つばをごくんと飲み込んで、ボードワン伯爵は最後の悪あがきをする。


「その、ミント様……、どうやら我々の間には重大な誤解があるようです」


「は、誤解?」


「そうです! そこの平民に何を吹き込まれたのか知りませんが、私の話を聞いてくださればすぐにわだかまりは解けるものと……」


 メルクリウスが、こめかみに青筋を浮かべた。


「へえ、誤解? 王国の高位貴族ともあろうものが、盗賊と密会していただけで大問題だっていうのに、なんの誤解があるのかしら?」


「それは、その致し方ない事情があったのです!」


「それだけじゃないわ。そこのあんたの息子が王立魔法学校でやったことについても問いただしたいの。言い逃れは無駄よ。私もギルバートの通信機でさっきの会話を聞いていたんだから」


「は、魔法学校?」


 そこでボードワン伯爵はちょっと意表を突かれたような顔をした。それが問題になるなどと、かけらも思っていなかった顔だ。

 先程恐怖で気絶しかけていた息子のガストンも、魔法学校と聞いてわずかに元気を取り戻す。


「な、なんでだよ! たかが平民一人が退学になったところで、なんの問題もないだろうが」


「はぁ? 人の将来をめちゃくちゃにしておいて、問題ない?」


 今度こそメルクリウスはキレた。ガストンへ向けて杖の先を、剣の切っ先を突きつけるように指し出す。それだけでガストンは恐怖で二の句を告げなくなった。

 怒りを視線に込めながら、メルクリウスがゆっくりと言う。


「あんたの残念な頭にも理解できるよう丁寧に説明してあげるわね。問題大アリよ。あんたは一人の人生を踏みにじっただけじゃなく、『真面目に、誠実に努力すること』を踏みにじったの。これを許容したら王国でまともな人材が育たなくなる。ズルと不正で出世できるやつが生き残る最悪の組織になる。私はイジメが許せないだけじゃないの、この不正を許せば将来に禍根を残すから、今ここで潰すのよ」


 それは、魔法使いとして誰よりもずっと努力してきたメルクリウスだからこそ。強く覚える怒りだった。メルクリウスにとっては、リゼットを不正の罠にかけることは自分を攻撃されたのと同義だったのである。

 メルクリウスが、表情だけの笑顔を浮かべた。


「そうね、あなたの言葉を借りるなら、『不正を潰すためなら、貴族が一人退学になったところでなんの問題もないでしょう』というところね」


「ひ、ひぃい……」


 ガストンがガタガタと震えだす。不正を潰す、というメルクリウスの言葉になんの誇張も無いとわかったからだ。もちろん隣のボードワンも、恐怖で動けなくなっている。


 ヒュッ、と杖を引いてメルクリウスがギルバートに顔を向ける。


「まあ、詳しい話はゆっくり王都で取調べしましょう。王都警察はすぐ来るの?」


「ヘンリーたちは今王都のターニュ伯爵家の屋敷を先に押さえているはずだ。この倉庫での密会には最初から俺とホウカだけで来たんだ。伯爵はともかく盗賊団が相手となると、警察が包囲したら勘付かれる可能性があったからな」


「なるほど。じゃあひとまず伯爵たちを連行しましょうか。ああ、盗賊の方は心配しなくて大丈夫よ。私の石化魔法は私が解かない限り永久に解けないから」


「相変わらず恐ろしい魔法出力だな。頼もしいぜ」


「当然でしょ。それじゃ帰りましょう。……えっと、そちらのホウカさん? もそれでいいかしら?」


「ん、問題ない。この貴族たちは私が運ぶ」


 こうしてギルバートたちはターニュ伯爵親子を引き連れて王都へと戻った。


 ◆


 ホウカが偶然救った少女、リゼットの事件は解決した。

 

 あの後、ヘンリー指揮による王都警察の調べによって、とんでもないことが次々とわかった。

 なんとターニュ伯爵家の屋敷内で、堂々と闇オークションが行われていたのである。


 闇オークションにも色々と種類がある。脱税目的の非公開オークションや毒物薬物などの違法な品々を扱うオークション、奴隷売買を行う闇オークション(今のロワール王国では奴隷制度は違法となっている)などなどだ。

 そんな中ターニュ伯爵家の屋敷で行われていたのは、盗品オークションだった。


 どこからか盗んできた品を、競売にかけて売り払う……これをターニュ伯爵家は盗賊団と結託けったくして行っていた。貴族の屋敷内というのは一種の治外法権となっていて、たとえ王都警察でも容易には手が出せないが、それにしてもこんなあからさまな悪事を堂々と王都の屋敷でやっていたというのは呆れ返るばかりだ。


 マガイ盗賊団はその盗品オークションをやるためにボードワン伯爵が引き入れたのだという。ターニュ伯爵家は王国の貴族の中でもとりわけ富裕な家だったが、まさかこんなからくりで金儲けをしていたとは。

 リゼットに試験を失敗させたダミーワンドも盗品の中にあったらしい。杖のすり替えも、「隠形」スキルを持つマガイが行ったのだった。


 これらの事情はマガイの自白によって全て明らかになった。貴族であるため厳しい取り調べを受けなかったボードワン伯爵は証拠を突き出されてもしらを切り続けたが、マガイが自白したことでついに観念した。リゼットという平民を排除しようとした結果、逆に自分たちが窮地きゅうちおちいったのだから馬鹿な真似をしたとしか言いようがない。


 当主と跡取り息子がいきなり逮捕されたので、ターニュ伯爵家では大変な騒ぎだったらしい。余罪もかなりあるということで、マガイら盗賊団とともに更に厳しい取り調べが行われることとなった。この事件は王国貴族の大不正ということで、しばらくの間新聞紙上を賑わした。


 ◆


 すべてが終わって一週間ほど後の話。


「こんにちはー」


 カランコロンとベルを鳴らし入ってきたのはリゼットだ。すっかり元気になったようで、明るい笑顔で挨拶してくる。王立魔法学校の制服もこころなし眩しい。

 

「いらっしゃい。今日は何にする?」


「ホットココアで!」


 すぐにカウンターに座ったリゼットはそう注文した。俺笑って了解し、ミルクを温め始める。

 作業している俺へ、リゼットが軽快にしゃべり始めた。


「聞いてくださいギルバートさん! 今日追試結果の発表があったんだけど、もうばっちりでした! 追試だけど歴代最高得点だって! 私が史上初らしいんです! 特待生も続けられます!」


「おお! やったな!!」


「本当にうれしい! ギルバートさんのおかげです、やったーー!!!」


 カウンター越しにハイタッチする。そこには、初めて会ったときとは別人のように笑うリゼットの姿があった。

 そこで、リゼットが不思議そうな顔で尋ねてくる。


「そういえばついでに、私に意地悪してきた人たちもなんかまとめて退学になっていたんですけど……そっちまでギルバートさんの仕業じゃないですよね?」


「ああ、何もしてないよ」


 嘘はついていない。メルクリウスがやったことだ。まあ、協力は大いにしたが。

 リゼットもすぐに納得してくれた。


「ですよね~。いくらギルバートさんでも貴族をどうにかできるわけ無いですもんね。なんか私の件に限らず、生徒の親とかで色々あったみたいです。偶然かもしれないけれど、結果的に私は助かったんで、ラッキーでした」


「うんうん、良かったな。でもそれは運が良かっただけじゃなくて、リゼットが一生懸命努力してきたからだと思うぞ。神様が見ていてくれたんだよ」


「うんん、そうなんですかね? まあ最近は嫌なこといっぱいあったんで、ちょっと救われました」


 リゼットはそうあどけない表情で笑う。つられて笑いつつ、俺は出来立てのホットココアを渡した。


「はい、ホットココアだ。温かいうちにどうぞ」


「いただきます!」

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