第62話 武闘大会予選 前編
今日のシリウスは臨時休業だ。ソラちゃんがいよいよ武闘大会に出場するので、店を閉めて応援に出たのである。
よく晴れた日の午前中、俺は西区の野外運動場に急遽作られたスタジアムの応援席でソラちゃんの出番を待っていた。スタジアムの周囲に並べられた客席は8割ほどの客入りで、なかなか盛り上がっている。たぶん3000人以上はいるだろう。
俺の回りには、ホウカ、サイモン、コハク、ニコ、カリンちゃんとそのお母さんといったいつものシリウス常連組が並んでいる。イルザは別の用事があるとかで欠席だ。ヘンリーもまた、大会の警備などで忙しく客席には来れないらしい。
俺は隣に座るサイモンに
「武闘大会ってのは、まだ一ヶ月ほど先じゃなかったか?」
「なんでも参加者が多すぎて急遽予選をやることになったんだと。だからこれは予選会だよ。何しろ仕事がなくて困っている冒険者がたくさんいるからな。そいつらが名前を売ろうとこぞって参加してるんだろう」
「なるほどな」
とすると、今回武闘大会が大々的に開かれているのは、治安対策の一面もあるかもしれない。ヘンリーが忙しそうにするわけだ。
すでに予選会は始まっており、舞台上では名も知らぬ戦士たちが戦っている。高レベルというわけではないが、観ている分には割と楽しい。
一応ソラちゃんの応援に来たという名目ではあるんだが、席では早くもみんな思い思いに試合を楽しみ始めた。
すでにビールを飲んでいるサイモンが言う。
「ギル、何かつまみないか?」
「そう言うんじゃないかと思って、ソラちゃんのお弁当のついでに唐揚げとフライドポテト作ってきたよ。食べるか?」
「もちろんもらう」
「代わりに俺にもビールくれよ」
「おう。樽で持ってきてるぞ」
お互いアイテムボックスからつまみと酒を交換する。それを見たホウカが目を細めた。
「あ、ずるい。マスター私も飲みたい」
「いいよ。何がいい?」
「
コハクやニコもそれぞれ希望の飲み物を頼んでくる。カリンちゃんたちは飲み物持参だったが、お弁当のついでに作ったというピクルスを分けてくれた。こっちも唐揚げとポテトを交換する。
みんなで酒とつまみを食べながらのんびり武闘大会を眺める。
◆
(※作者注:以下のシーン、人数が多く視点が混乱するので、わかりやすく会話者を書いています)
ギルバート「なんだか行楽気分だな」
コハク「のんびりしてていいねえこういうの」
ニコ「晴れてよかったね」
ホウカ「唐揚げおいしい」
ギルバート「こりゃもうソラちゃんの応援に来たんだか外で飲みに来たんだかわからないな」
◆
サイモン「なあギル、この試合どっちが勝つか賭けねえか? 俺は赤側のやつに賭ける」
コハク「あ、いけないんだ」
ギルバート「賭けにならないよ。青側が勝つ。立ち姿でわかる」
サイモン「本当かよ? …………マジだ。圧勝だったな」
コハク「この距離だとステータス見えないのによくわかるね。さすがマスター」
ギルバート「なあにただの経験と勘さ」
◆
ホウカ「マスター、蜂蜜酒のおかわり頂戴」
ギルバート「はいよ。ホウカは武闘大会でないのか?」
ホウカ「私、強さとかランキングとかに興味ないから。賞金も、別にお金困ってないし。それに……」
ギルバート「それに?」
ホウカ「ううん、なんでもない。マスターこそ出ないの?」
ギルバート「ホウカと同じ理由だ」
ホウカ「ふふ。一緒だ」
サイモン「俺は出たかったなあ。ちくしょう警察に手配されてなけりゃ」
コハク「私も。指名で出禁にされちゃった。私の呪いは被害規模が大きすぎるからって」
◆
ホウカ「あ、ソラ出てきたよ。青側だ」
サイモン「大会のルールで最初は指定の立ち位置にいないといけないんだろ? いかに早く飛べるかが鍵になるな」
コハク「ソラちゃんがんばっ―――。あ、終わっちゃった」
ギルバート「秒殺……」
ニコ「強すぎる」
サイモン「地上にいるとかどうでもよかったな」
ニコ「単詠唱の魔法ぶっ放すだけであの威力なのかい?」
コハク「うえええ強すぎ……」
ニコ「応援に来た甲斐がないなあ。ソラくん、もっと苦戦したまえ」
コハク「応援したいから苦戦を祈るってもうなんか色々矛盾してない?」
ぺちゃくちゃぺちゃくちゃ。
わきあいあい。
青い空の下で試合を見つつ、俺達は雑談や感想を語り合った。
俺は思う。
「完全にピクニックだこれ」
◆
武闘大会は滞りなく進み、気づけば決勝戦となった。
舞台の上で司会者が拡声魔法を使い叫ぶ。
『観客の皆様大変お待たせいたしました!!! この西区8番予選会、いよいよ決勝戦! 本戦出場を決めるのはどちらか、注目の戦いが始まります!』
司会者の説明によれば、ここでの優勝者が本戦に進める。本戦では東西南北各区でそれぞれ8名でのトーナメントが組まれ、各区のトーナメント勝者で最後に決勝戦が行われ大会優勝者が決まる……んだそうだ。
「ソラちゃんにはぜひ優勝して本戦行ってほしいなあ」
俺が呟くと、コハクが微笑む。
「大丈夫でしょ。ここまで圧勝だったし」
サイモンも指を折りながら試合を思い返す。
「開始攻撃魔法放って秒殺、開始と当時に飛び上がり急降下蹴りで秒殺。開始から高速で飛び込んでパンチを放って秒殺。秒殺ばかりだな」
ニコもうんうんと頷いている。
「素のステータスが高いのと翼人種として魔力調整に長けているから、それだけで圧倒できるねえ」
「武闘大会だから奇襲もないし相手の位置も最初から見えている。嬢ちゃんの独壇場だったな」
サイモンの言葉に、でも、とホウカが口を挟む。
「この決勝戦ではどうなるかわからない。だって相手は……」
『さあ決勝戦選手の登場です! まずは赤側。そびえる岩山、その大きさは人間にとってまさに絶望、身長7メートルの巨人、ボルスゥゥーーーッ、ロックウェイィィ!!!』
司会者の紹介とともに、ズシン、という音が響く。ぬっと姿を表したのは巨人族の男だった。
でかい。それなりの高さにある観客席が見下ろされている。50✕50メートルの正方形に作られた舞台が狭く見えるほどだ。
「そうか、決勝の相手はボルスか」
「英雄ランキング87位、かなりの実力者だよね」
俺の言葉に続けてコハクが言う。
ホウカが頷いて、
「巨人族だからタフだし力も強い。厄介な相手」
と評した。
『続きまして青側! 武闘大会は今回が初出場。脅威の実力でここまで駆け上がってきた新人、ソラァァーーー、シグナスウゥーーー!』
舞台の上へとソラちゃんが上がる。その表情は引き締まり、いつになく真面目な表情をしていた。
コハクが心配そうに言う。
「ソラちゃん真剣な顔してる……やっぱり怖いのかな」
サイモンも難しい顔で顎を撫でた。
「あんな巨人が相手じゃあ怯えるのも仕方ねえ。なんとか実力出し切れるといいが」
「いや……」
俺の感想は違う。ずっとソラちゃんを見てきた俺にはわかる。
あれは、単に緊張しているだけだな。
『両者、対戦位置で向き合ってください』
司会者が声を掛ける。巨人のボルスが、拡声魔法なしでもよく響く声で言った。
「どうした嬢ちゃん、俺のデカさを見てビビっちまったか? 何なら棄権してもいいんだぜ」
「…………」
「ケッ、声も出せねえってか」
『ボルス選手、対戦相手への挑発は謹んでください!』
「へいへい。まあすぐ終わらせてやるぜ」
ボルスが大きく腕を回してから、対戦位置へと立ち直す。ソラちゃんも自分の位置で構えた。二人が舞台上で立つと、まさに人間とワイバーンくらいの体格差がある。
両者の準備が整ったを見て、司会者が両手を上げた。
『それでは両選手、正々堂々と戦ってください。危険な行為があればすぐに止めますよ。レディーー、ファイトォォーーー!!』
(※続きます)
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