第32話 マスター、知り合いに頼み事をする。

 ラストエリクサーを作ると決めてから、俺はシリウスを「休業」にした。必要な素材を集めるために様々な場所へ動かないといけないので、さすがに店の営業はできないからだ。

 風邪で休み中のソラちゃんにも、しばらく休業することを伝えている。店側の特別事情ということで有休扱いだ。


 そして、俺は朝から地下室の倉庫で探しものをしていた。


「まったく、たまには片付けないとダメだな……お、あったあった」


 目当てのものを探し出した俺は、階段を上がって自室に戻る。

 倉庫から持ってきたのは古ぼけた水晶玉――に見せかけた、実はすごい魔道具である。魔道具として貴重なだけじゃなく、大切な、本当に大切な思い出の品だった。それを倉庫の奥にしまい込んでいたのは、できればもう取り出すことがなければいいと思っていたからだ。


「まさか、こんなに早く使うことになるとはなあ」


 水晶玉に魔力を通し起動させる。水晶はすぐに輝きを増し、映像を映し出した。この魔導水晶は遠くにいる人と映像付きで会話できるものだ。スマホのないこの世界においては破格の性能を持つ魔道具である。


「さて、最初は……やっぱりメルだよな」


 ◆


 ――ロワール王国魔法省、魔法大臣執務室。


 重厚な椅子に見た目十代にしか見えない女性がちょこんと座っている。尖ったつば広の三角帽子を被り、黒いローブを身に着けた姿は魔女そのものだ。

 彼女の名はメルクリウス・ミント。ロワール王国魔法大臣であり、かつての勇者パーティーでは魔法使いを務めていた。大陸随一の魔力量を持ち、魔法の腕も『千の呪文を操る』と謳われるほど高い。文句なしに王国最強の魔法使いである。


 魔法大臣として忙しい彼女は空中に羽ペンを浮かべて何枚もの書類を次々と作成したり、署名したりしている。大きな執務机の上にもうず高く書類が積み上がり、今にも埋もれそうだった。


 にも関わらず、机のほんの一角だけ書類のない場所がある。

 紫の小さなクッションが敷かれ水晶玉が鎮座していた。ギルバートが持っていたのと同じ魔導水晶だが、こちらは曇り一つなく磨かれている。書類だらけで空きスペースなどないはずなのに、そこには不思議な頑なさで居場所が確保されていた。


 その水晶玉が突如輝きを帯びる。途端、メルクリウスが空中に浮かんでいた書類も机上の書類も全て投げ捨てて水晶玉に飛びついた。


「メルクリウスよ」


『もしもし、俺だ。ギルバートだ』


「っ、ギル! あんた普段連絡よこさないくせになに突然……」


『悪い悪い、今少し話せるか?』


 メルクリウスはムスッとした顔で頬をふくらませる。少し間をおいてから返事をした。


「仕方ないわね。ちょうどいま暇だったから話してあげる。特別よ!」


『助かる。忙しいだろうに悪いな』


「暇だったって言ってるでしょ。それで、今日はなんの用事? 昔話がしたいってなら……」


『ラストエリクサーを手に入れたいんだ。素材集めを手伝ってほしい』


 メルクリウスの表情がピタリと止まる。ギルバートへ水晶越しにゆっくりと目線を合わせた。


「……本気で言ってるの?」


『ああ。俺は本気だ』


「なに、身内でも死んだ?」


『いや違う。だがどうしても手に入れたいんだ』


 ギルバートが事情を説明する。聞き終えたメルクリウスはふー、とため息を付いた。


「翼人の翼再生か……。たしかにそれはラストエリクサーでもないと不可能ね。翼人の翼は特殊で、肉体だけど肉体じゃない。物質化した霊体のようなものだもの」


『ああ。それで知り合いの錬金術師が作ってくれることになってな。あと必要な素材はこれなんだ。なんとかならないか? できる限りの礼はする』


 素材リストをひと目見たメルクリウスは、ウゲッと顔をしかめた。


「傷無しの双子マンドラゴラ丸ごと一本、星瑠草せいりゅうそうの雫、エンシェントドラゴンの逆鱗、ユニコーンの角、不死鳥フェニックスの羽、バッカスの神酒、ユグドラシルの葉……なにこれ、どれもSランク素材ばっかじゃない。いくらお金積まれても用意できるもんじゃないわよ。王国の宝物庫にだってあるかどうか……。一から集めるしかないわ」


「そうか……いや、ありがとう。お礼はまた今度するよ」


 そう言って通信を切りかけたギルバートに、メルクリウスが慌てた。


「ちょっとちょっと! これ全部一人で集めるつもり?」


「? そうだが」


 こともなげに言うギルバートに、メルクリウスはイライラと頭をかきむしった。


「あんたねえ……もっとこう、かつての仲間への信頼とか、絆とか……」


「?」


「ああ〜もう、だから、そうじゃなくて」


 ドン、と机に両手を叩きつけてメルクリウスが叫ぶ。


「私も手伝うって言ってるの! どうせ一刻も早くラストエリクサーを用意したいんでしょ。だったら私を頼りなさいよ。いっしょにパーティーを組んだ仲でしょうが! だいたい魔物素材はともかく星瑠草せいりゅうそうの雫なんてどうやって手に入れるつもりだったの。これだってお金じゃ買えない代物よ」


『いや……メルはもう魔法大臣だし、こんな俺個人の頼み事で、頼るわけには……』


「うるさいうるさいうるさい! 本当になんとも思ってなかったらこの忙しいのに魔導水晶出るわけ無いでしょ。もっと仲間を信じなさいよ」


『忙しかったのか?』


「あ〜〜〜もう〜〜〜」


 再びイライラと髪をかきむしって、


「いいから、妙な遠慮しないでもっと仲間を頼りなさい! そして盛大に借りとして意識しなさい!」


 メルクリウスが叫ぶ。水晶越しにギルバートは苦笑した。


『ああ――悪かった。頼むよメル。助けてくれ。一人じゃ困っていたんだ』


「ふん、わかればいいのよ」


 ニンマリと口角をつり上げたメルクリウスは、続けて言った。


星瑠草せいりゅうそうの雫は私が薬学課に話をつけて譲ってもらうわ。薬学課の課長には貸しがあるからなんとかなるでしょ。他の素材も王宮内のコネを使ってみるわ。魔法大臣直々なんて特別だからね!」


『ありがとう。助かるよ。俺も進捗があればまた連絡する』


「ふん、せいぜい頑張りなさい」


 ◆


 ――ロワール王国王城。英傑室レジェンドルーム

 かつての勇者、レオン・レグルスが剣の手入れをしていた時、卓上に飾られていた魔導水晶が輝き出した。

 すぐにレオンは剣を置いて、水晶へと向かう。


「もしもし」


『レオンか? 俺だ。ギルバートだ』


「ギル、久しぶりだね。急にどうしたの?」


『いきなりですまないが助けて欲しい。お前の力が必要なんだ』


 メルクリウスと話した反省から、ギルバートは率直に窮状を伝えた。レオンが嬉しそうに笑う。


「君から頼られるなんて嬉しいな。なにがあったの?」


 ギルバートは簡単に事情を説明した。ついでにエリクサーに必要な素材も。レオンは軽く腕組みして考える。


「うーん、ユニコーンの角とバッカスの神酒なら昔取っておいたものが僕のアイテムボックスにあると思うよ。後でギルに渡そう」


『助かる。金は払うよ』


「いらないよ。僕らの仲じゃないか。それより、お礼するつもりなら僕も頼みがあるんだけど」


『なんだ?』


 レオンは、どこか楽しげな笑みを浮かべて言う。


「エンシェントドラゴンの逆鱗は僕も持ってない。たぶん討伐して採取しに行くことになるだろう。そこでだ、僕も一緒に討伐について行っていいかな?」


 レオンの提案に、ギルバートは驚き固まった。


『……そりゃ、助かるなんてもんじゃないが、いいのか? 英傑レジェンドの仕事があるだろう』


「かまわないよ、最近は暇だしね。僕とみんなで作った平和のおかげさ。それに……」


 レオンが真面目な顔になる。


「君が困っているなら、僕はなにがあっても駆けつけるよ。前もそう言っただろう?」


 あまりに率直な親愛を向けられて、ギルバートが照れくさそうに笑う。


『ありがとな』


「いいんだって。……ちょうど北の魔竜山でエンシェントドラゴンの目撃情報があったはずだ。冒険者ギルドには僕から話をしておく。いつでも行けるよ。予定は君に合わせる」


『いいのか?』


「僕と君なら一日あれば終わるだろう。英傑が一日空けるだけなら大丈夫。いつ出発する?」


『可能なら、明日にでも』


「OK!」


 ◆


 ――ルクシア聖教国、教皇庁宮殿内、教皇聖座。


「……ええ、……ええ、わかったわ。ユグドラシルの葉ね。一枚でいい? そう。それじゃ騎鳥便で送るわ。手続きがあるから、2日は見てくれると助かる」


 教皇庁のトップであり全大陸の信仰を集めるフレイア女教皇が、魔導水晶越しに会話をしていた。彼女もまた、かつての勇者パーティーで聖女として活躍した存在だ。


「……ふふ、気にしないで。たぶんレオンもメルもそう言ってるでしょう? ええ、みんなあなたを助けたくてしょうがないのよ。魔王討伐の時いっぱいあなたに助けられたから……もちろん私もね」


 フレイアは楽しそうに会話をしている。それは信徒向けの聖女的微笑みではなく、年相応の女性に戻ったようなやわらかい笑顔だった。


「それじゃあ、無事に届いたら一言教えてくれる? お礼なんていいからね。でも、急にラストエリクサーが必要なんて、どうかしたの? ……え、 従業員の福利厚生?」

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