第9話 薄い膜
「とうちゃーく♪ ほらほら、アンリちゃん。さっき教えたみたいに手を出したまま、門の外に出てみて!」
言われるがままにサンダルをつっかけた案理は、今朝もカナタを見送ったのとちょうど同じ場所に立たされていた。マリカは案理の半歩後ろに控えている。
「え……ええ。やってみるわね…………」
何かが起こると決まったわけでもないのに、ぞくぞくと粟立つ肌はすでに異変を察知しているのだろうか。案理はもう一方の手で外開きの門を開け、敷地の外へ出た。
「!」
――――その瞬間。彼女は今までに味わったことのない不思議な感覚に陥り、マリカに背を向けたまま固まってしまった。
(……今のは何かしら。
もちろん実際に体験したことがあるわけではないが、敷地の外に出るとき、シャボン玉の膜を通り抜けたような感覚が確かにあったのだ。
(でも、そんなものどこにも――――)
案理が振り返ってみても、不思議な感触の元となっていそうな物体は見当たらなかった。
(おかしいわね。絶対何かに触ったはずなのに、それらしいものがどこにもない…………。マリカさんが言っていた違和感って、これのこと……?)
「アンリちゃん!! 今のでなんかわかった!?」
指先を見つめても証拠となりそうなものは残されておらず、思い出したように振り返ると、マリカが手を振っていた。
「ええ……。きっと…………」
「実際に体験したっていっても、一回じゃ信じらんないよね? もっかいやってみたら嫌でも信じられるようになるんじゃないかな~。んで、しばらくは気になるかもだけど、そのうち慣れて気にならなくなると思う!」
「もう一回……。今度はさっきと同じようにして門の中に入ればいいのね?」
案理はマリカを見つめ、そのあと背後の自宅に目を凝らしたが、とても膜に覆われているとは思えない。
(…………それにしても、この家の外観…………)
三角の赤い屋根に白い壁面のコントラストが印象的な北欧風の家が、記憶の扉を叩く。
越してきてまだ一度も自分の暮らす家の外観を見たことのない案理だったが、この家には確かに見覚えがあった。それも、
「そうそう♪ さっすがアンリちゃん! それでは、張り切って行ってみよ~♪」
マリカの声援を受けた案理はごくりと唾を呑み込み、深く息を吐いた。そして、今度は両手を前に出し、瞼を閉じて、開け放たれた門に向かって踏み出した。
傍から見れば、大型怪獣か何かのような間抜けな姿だったに違いないが、マリカは笑い声ひとつ上げなかった。
(さっきと同じ。マリカの話を聞く限り、私の家だけではないのでしょうし……。――
「アンリちゃんアンリちゃん! どうだった!? なんかわかった?」
案理が指先に残った見えない何かに沈み込んだ不思議な感覚を反芻していると、マリカに肩を叩かれた。
「…………ええ。マリカさんのおかげでわかったわ。家を出るときも入るときも一瞬だけ抵抗があって……。抵抗というのは私の気持ちの問題ではなくて、見えないのだけど何かに邪魔されているような感覚があるというか……」
身振り手振りをまじえて説明する案理の両手は、前のめりになったマリカに捕らえられてしまった。
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