(二)未知の世界
そこは
黎明時代。世界で初めて観測された白樹化によって、地続きの大地は瘴気の霧で満たされ、閉ざされた。南海は竜の巣と呼ばれる無数の渦潮。北は氷塊の海により渡航は困難。大陸間は絶望的なまでに隔てられ、以降、独自の文化を発展させてきた。
魔導時代の遺物が数多く残る未開の地とされ、冒険者たちの多くは、十年に一度の
十年に一度だけ訪れる、一攫千金の機会。
言ってしまえば、十年に一度
青年ナギは、ソウたちの転移したその場所が魔導時代の遺跡群のひとつであることを説明した。
遺跡内部は、蔓性植物の
外の空気はひやりと湿気ていて、どこを見渡しても夜のように暗かった。それは、見上げるほど高くに、枝葉がしげっているせいだ。めいめいの樹々を追うように、多種多様な広葉樹が伸びあがり、さらに蔓性の植物がすがるように這いまわっている。
「あと数時間もしないうちに
川沿いまで数分ほど歩くと、小さな船着場が見えた。そこから旅客船に乗り、約一時間。しばらくゆられていると、宿場町のはずれに到着する。降りてすぐは、足もとが揺れているような気もしたが、それはすぐになくなった。
おもむろに、となりを歩く黒影が、顔を上げて、空を見つめ、鼻を鳴らした。ソウもまた、同じように空を見上げてみる。土のにおいだろうか。独特な香りがすることに、いまさら気づいた。
ここは、異郷だ。
宿場町は森を開いたような場所につくられていて、建物はどれも木造の高床建築。
「宿はこっちです。冒険者の宿なので、お二人にはちょっと居心地が悪いかもしれませんが……」
「宿がないより、ずっといいよ」
ソウはナギのあとを追って、竹板のスロープをのぼりながら、屋根付きの六角形のテラスへ入った。受付を兼ねた宿泊客の共用スペースになっているらしく、むさくるしい男たちが集まっていた。
足を踏みいれた瞬間、粗野な視線が、こちらを値踏みするように
狩猟用の弓、鈍器、槍、投擲武器――かたちはさまざまだが、その多くは魔種や動物の素材にあるていどの加工をほどこして作られているようだ。中には、動物の骨でできた無骨な首飾りをさげている者や、大振りの毛皮を着ている者もいる。ひときわ豪華で上質なものを身に着けている男や、装飾を凝らした武器をたずさえている者はそれぞれ、いくつかある集まりの中心的存在らしい。
雑然とした男らの視線が肌へ触れてくる。ソウはそれらを
誰かがこちらを指さしてげらげらと笑った。大陸はちがえど、こういった
(まぁ、そうだろうけど)
今ある魔導技術の結晶ともいえる洗練された魔導武具に、魔種と戦うために分析・開発・形態化された防具品。彼らから見れば、ソウや黒影の装備はいささか上品すぎた。
もちろん、理由はそれだけではないだろう。
「%&‘#? ♂♀××$?」
横から割り入るように、大男がソウの前へ立った。褐色の地肌から浮きだつ生々しい粘膜の色が、不可解な音階をなぞるように
今までにもいくらかこういうことはあった。童顔であり、戦士然とした男らしい容姿をしていないことは、すでに嫌というほど自覚している。くわえて、ソウは金髪だった。
この世界で白は忌み嫌われるいっぽう、白に近い色――すなわち、色素の薄い外見特徴をもつ人間は、軽視される傾向にある。
目の前の大男がなにを言っているかはさっぱりわからないが、おそらくそういったたぐいのことを言っているのだろう。こらえきれないように唇の片方をゆがめる
それとなく受付カウンターに視線を向けると、受付の女性が露骨に視線を逸らしたのが見えた。素知らぬふうにナギへ声をかけ、先ほどまで事務的に案内していたようすが嘘のようにわざとらしく身振り手振りをつけ加える。宿泊の案内説明をしているのか……。
どのみち、店側は宿泊客のいざこざに関わるつもりはないらしい。
ソウはため息をついて、そのまま大男の横を通りすぎようとした。が、間髪入れずに、派手な羽飾りの腕輪を巻いた太い手が、無遠慮に右肩へ触れてくる。
「!」
刹那にも満たない間。
全身が総毛立つ感覚を覚えたソウは、ざらついた野太い声が近づく前に、肩に触れてきた褐色の手を自分の左手で押さえた。ふりむいて、まるで知人にでも会ったときのように微笑んでみせる。
その、一瞬の隙。
ソウは半身を返す動作にあわせて、相手の視線をさえぎるように自分の右腕を伸ばし、大男の腕にあてがった。軽い動作で引きたおし、ひと息で腕を固める。力の強弱に頼らない、単純な護身術だが、大男にはなにが起きたのかわからなかったらしい。
ソウは大男の関節に圧を加えながら、やわらかい声で言葉を返した。
「驚かせてごめんね?」
もっとも、こちらの言葉が通じるとも思っていない。状況を理解させる前にこちらから
そしてそれは、正しかった。
目を見ひらき、焦ったようすでなにかを言う大男の戯言は無視し、ソウは場を
この場の中でゆいいつ、立ちあがりながらも、動けずに唖然としている三人が、この大男が率いている者たちだろう。髭の男と、ざんばら髪の男、それに若い青年。
いずれも大男と同じような赤と黄色の派手な羽飾りを首もとにぶら下げているが、大男に比べるとやや質素だ。
ソウは、彼らに対して微笑みかけた。
「俺に、なにか用かな?」
さらに圧をかけながら訊ねると、下の大男は汚い叫び声をあげちらした。
笑みを消さないまま、視線を下げる。
「大丈夫だよ。別に折る気もないし、これくらいじゃまだ折れないから。ああごめん、言葉、わからないんだっけ。俺もなんだ。一緒だね?」
あくまでも対話をこころみるため、終始おだやかに声をかけるが、どうにもわかってもらえないようだった。あまりにうるさく喚くものだから、これ以上は他の迷惑になると考え、しかたなく手放す。すると大男は地面を這うように抜けだし、ほうほうの体で仲間の元へ。委縮している仲間たちに、がなるように叫びテーブルを蹴り倒す。
仲間の若い青年は、怯えたように身をすくませ、両腕を頭の前で交差した。それを見てさらにいらだったのか、褐色の大男はさらに激しく怒鳴りつけた。まるで仲間というよりも、手下だ。彼らを連れだってテラスの入口へ。大男は、最後にふりむいて、こちらを
「覚えてろよ、ですって」
ナギがとなりにならんで、ふぅと息をついた。
「……ごめんね。荒事にしちゃって」
謝ると、ナギは首を横に振った。
「ナギのほうこそ、助けられなくてすみません。ナギは戦えないので……」
それからナギはこちらを気遣うようすを見せながら、両翼に伸びる廊下の左側を示した。
「すこし休んで、それから晩御飯にしましょうか」
ソウはうなずいた。
ふと、思いだしてテラスを見わたす。――黒影は、どこだろう。その姿は共有スペースの端にあった。
黒影は土砂降りの雨を眺めながら、ひどく退屈そうな顔をしていた。
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