(三)魔鉱列車にて

 窓外を流れていく草原を横目に、ソウは雑誌を一頁めくった。わずかに手間取ってしまったのは、手のひらの古傷のせいだろう。紅を薄めたような色をしたそれは、袖の奥まで枝葉を広げる、火傷痕だ。痛むことはすくないが、もともとの皮膚と新しい皮膚のつぎ目が、ふとしたひょうしにつっぱることがある。

 先ほど車内販売で購入したお茶を一口飲みくだして、新しい頁に視線をおとす。大きな見出しとともに特集が組まれていたのは、ちょうど、ソウが乗っている魔鉱列車のことだった。魔導時代に存在していた技術を再現してできた魔鉱列車は、その名の通り〈魔鉱石〉と呼ばれる鉱石を動力源としている。ふつうなら歩いて数ヶ月かかる距離も、わずか二日ほどで地方を横断し、ほかの国へ移動できるのだから、便利をとおりこして、すこし恐ろしくもある。今はまだ数えるほどの本数で、先進国にしか存在しないものだが、いずれ技術が普及すれば、これもあたりまえになるのだろう。

 ふと窓外を眺めると、蒼い風になびく草原が広がっていた。

「先輩! おはようございます」

 明るく跳ねるような声にふりむく。二つに束ねた桃色の団子髪が特徴の彼女は、ソウが時折面倒をみている後輩、モモだ。

「おはよう。相変わらず元気そうだね」

「先輩にも赤紙届いたんですね。席、お邪魔してもいいですか?」

 うなずいて席をうながすと、モモは肩から荷物をおろして、抱えあげた。上の荷物棚に乗せるのだろう。ソウは立ちあがって、彼女が抱える荷物をそっと乗せた。

「荷物、ここでいいかな? 必要になったら言ってね。いつでもとるから」

「は、はい! ありがとうございます」モモは上ずった声で大きくうなずいた。

 向かいに座りながら、モモはそれとなく窓外を見たらしい。

空国そらぐに、見えませんね。残念です」

「うん。俺も見れるかなって、ちょっと期待してたんだけど」

 運が良ければ、それは美しい空国の街並みが見られるという話だったが、青空の向こうは雲が渡っていて、雑誌に描写されているような絶壁の光景は見られない。

「ちょっと見てみたかったな」

「帰りなら一緒に見られるかもしれませんよ」

 彼女の瞳は、たびたび、とろりと溶けそうな色を見せる。この既視感はなんだろう、とおもむろに記憶をさぐり、そのうちに思いだした。

 砂糖を熱で溶かしたときの、ゆるやかな光沢に似ている。そういう色をしている。

「そういえば、昇格試験はそろそろだっけ?」

 訊ねると、モモはうなずいた。

「実技試験が来月なんです。筆記試験は昨日終わって、やっと憂国うれいぐにに帰るところだったんですけど……赤紙が来ちゃって」

 それまで元気そうに跳ねていた声の抑揚が、わかりやすく落ちこんだ。膝の上で、女性らしいしなやかな指先を合わせて、はずして、また組んで。それを不安げに眺めて、モモは肩を落とす。

「わたし、赤紙が届くの初めてで……ランクが低いので部隊所属じゃなくて、待機組なんですけど。昔、後方待機の部隊が魔種の集団暴走で襲われたって話もあるじゃないですか。……だから、怖くて」

 そこまで言って、モモは閉口した。

「ごめんなさい。先輩は部隊所属なのに。こんな話」

「ううん。わかるよ。怖いよね」

 同調を示すと、モモはほっと安堵するように眉じりを下げた。それから今度は、砂糖菓子のような瞳を揺らして、こちらを見つめてきた。

「でも、それだけじゃなくて、だって先輩は……」

 彼女は、ソウがランクBであることを知っている。上位ランクは当然、苛烈な前線に配置される。どうやら、そのことを杞憂しているらしかった。

「大丈夫。そんなに心配しないで」ソウはさとすように笑ってみせた。

「先輩が強いのはわかってるんですけど」

 モモは視線を伏せて、その胸元で両手の指先をつき合わせる。不安そうにこちらを見あげる大きな瞳が、ソウの微笑みを映している。桃色の頬っぺたをさらに赤くして、ほんのわずかに首をかたむけた。

「けど、やっぱりなにかあったらって思うと、わたし不安です。だってわたし……」

「ありがとう。こうやって君が心配してくれてるのが、嬉しいよ。大丈夫。弟もいるし、死ぬつもりはないから」

 ソウは重ねて笑みをうかべる。

 視線を下げたモモが、すこし不服そうな表情をしたことは、あえて見すごした。

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