第30話 影武者生活その3

 空が夕焼け色に染まる頃、デート帰りにアタシはルークと一緒に公園でひと休みしていた。


「ふぅー」

「はい、お水」

「ん、ありがと」


 アタシはベンチに座り、ルークが差し出してきた水筒を受け取る。


「今日は楽しんでくれた?」

「まあそうね。今朝の事は許したげる」

「あ、あはは、根に持ってたんだ」


 水を飲んで喉を潤しながら、ルークに言葉を返す。その返答に彼は苦笑の表情を浮かべていた。まあ冗談混じりに言っちゃったけど、今日は本当に楽しい一日だったと思っている。

 美味しい物はたくさん食べたし、ルークのカッコいい所を見る事が出来た。事あるごとにアタシの事を褒めてくれたし、付き合った記念と言ってプレゼントもしてくれた。


───嗚呼、幸せだ。心が満たされるとはこういう事を言うんだろう。


「ルーク、今日はありがとね」

「こちらこそ、俺もエリーゼと一日過ごせて幸せだよ」

「そっ、なら良かったわ」


 幸せで幸せで……本当に幸せな夢だ。


「……ねえ、ルーク」

「うん?」


 分かっている。ここは夢の中だ。こんな都合の良い事がある現実な筈ない。


「ちょっと聞きたいんだけど」


 全てはアタシの妄想で、目の前のルークも本物ではない。……そう思ったら、不思議と普段なら聞けない事も聞けそうだった。


「ルークは、アタシの事をどう思ってるの?」

「……」


 アタシの問いにルークは口を噤む……やっぱり所詮は夢かと思い、話題を逸らそうとした。その直後、


「昔から変わらない、子どもの頃に憧れた姿そのままだって、そう思ってるよ」

「……え?」


 予想が大きく外れた答えが、返ってきた。


「エリーゼは覚えてる? 俺達が始めて会った時の事を……あの頃の俺は自分が貴族である事を気にし過ぎて、町の子達と遊ぶのを躊躇うような、そんな気弱な奴だった」

「そんな俺にエリーゼは話しかけてくれたよね。少しも物怖じせず、ひたすら純粋な気持ちで俺に話しかけてきた……本当に嬉しかったよ」

「俺が貴族だと知っても変わらず接してくれた時、尊敬の念を抱かずにはいられなかった。俺もエリーゼのような強い人間になりたい、そう思うようになった」

「……ルーク」


 その時、アタシはこれが夢なのか疑わしくなった。だってまさか、ルークがそんな事を思っていたなんて知らなかったのだ。


「エリーゼ、最近無理してる事が多かったよね。なんというか、本心を隠してるっていう感じ? 俺が好きだった事もずっと隠し続けてたし」

「……仕方ないでしょ。ルークは昔と違ってすごく強くなった。そんなルークと、昔から何も成長していないアタシが釣り合うなんて思えなかったのよ」

「成長してないって、別に俺はそんな風に思った事ないんだけど……まあ、そこは今良いんだよ」


 顔を俯かせるアタシに、ルークは膝をついて目線を合わせる。そして真剣な声と表情で言ってきた。


「エリーゼ、君の言うように俺は自分でも強くなったと思っているよ。そしてそれはエリーゼが居たお陰なんだ」

「アタシの、お陰?」

「うん……一つ言ってなかった事があったね。子どもの頃、俺は憧れの人エリーゼのように強くなろうと思った。そして」


 そしてルークは、アタシの頭を撫でながら、


「強くなって、今度は俺がエリーゼの事を支えようと、そう決意したんだ」


 そう言って微笑んだ。


「ーーー」

「今日一日、エリーゼの無邪気な姿を見て安心したよ。普段は素っ気ないけど、中身は昔と変わらないんだなって」

「……そう、なんだ」


───本当に、ルークは夢の中でもスゴイ奴ね。アタシの悩みをこんなあっさりと晴らすなんて。


「ルーク」


 これが夢であっても関係ない。


「ありがとうね」


 アタシは確かに、答えを得た。


▼▼▼


 茜色の日が差し込む教室で、アタシはセレナの膝の上で目を覚ました。


「ぁ、セレナ」

「おはようございます」

「うん、おはよう……ずっとそうしてくれてたの?」

「はい、ご迷惑でしたか?」

「いや、大丈夫よ。むしろ長い間座らせちゃってごめん」

「いえいえ」(というか夢への干渉を維持する為に頭を触り続ける必要があったんだよな)


 日の沈み具合を見るに、かなりの時間を膝枕してくれていたのだろう。それなのにセレナは嫌な顔一つせず、穏やかな笑みを向けてきた。


「それで、どうでしたか?」

「……今のって、セレナがやってくれたの?」

「ふふ、私はただ疲弊しているエリーゼさんに一度休んで貰いたかっただけですよ」

「ふーん」


 どうにもはぐらされている感じはするが、そういう事にしておこう。


「まあいいわ。それで "どうだったか" ね」


 その問いに対して、アタシは笑顔で答えた。


「ええ、色々とスッキリしたわ。ずっと長い間小難しい事を考えちゃうなんて、アタシらしく無かったわ」

「そうですか。なら良かったです」(よしっ! どうやら満足したらしい。これは面倒事恋愛相談を先送りに出来たって事でいいよな?)


……セレナ・ユークリッド、非の打ち所がない慈愛に溢れた聖女。あまりに優し過ぎて一時期は何か裏があるんじゃと思ってたけど、どうやらこれもアタシが小難しく考えていただけらしい。


「今日はありがとねセレナ」

「いえいえ、また相談したい事があったらいつでも言って下さい。どれほど役立てるか分かりませんが、私も精一杯お力になります」


 今日は色んな事を知る事が出来た。ルークの気持ちも、セレナが底抜けに優しい奴だという事も。


……今日、アタシは初めて心の底から変われたと、そう思えた。


▼▼▼


 初日からハードなイベントに遭遇した偽セレナことミミック。幸先が思いやられるスタートだったが、二日目ではエリーゼと関わる頻度が増えたのを除いて、何事もなく終了した。そして最後は呆気なくミミックの影武者生活も終わりを迎えて、


(……来ない)


 なんて事は無く、ミミックがセレナの自室に夜遅くまで起きて待ち続けるも、彼はやって来なかった。


「……ま、まあ、奴は最短でも帰れるのは二日後になると言っただけだ」


 そう、二日後とはあくまで目安。彼がいつ帰ってくるのか、正確な日や時間はミミックに分かる筈もない。


(ひとまず今日は寝よう。なぜかエリーゼが良く話しかけるようになってきたし、あの女の対処法を考えないといけない)


 その日、ミミックは潔く明日に備えて眠る事にした。案の定翌朝になっても彼は現れず、ミミックは三日目の影武者生活を送る事となった。


 そして三日目の夜、その日も彼は帰って来ない。更に翌日、影武者生活四日目に突入したミミックは、その日もなんとか乗り切り、無事に寮の部屋へと帰る事が出来て……


「いや遅くないか!?」


 四日目の夜、ミミックは突っ込まずにいられなかった。


「いくらなんでも遅いだろ? なんだ、死んだか? 遂にあの悪魔は死んでくれたのか?」


 だとしたら心底嬉しいとミミックは思いつつも、アレが死ぬ姿は想像付かないなとその考えを一蹴する。


(いや、え? 本当に今日も帰って来ないのか? もう奴が目的にしている王祭が間近だぞ?)


 まさかこのまま帰って来なかったら王祭の間も自分がセレナ・ユークリッドを演じる必要があるのか? その事に気付いたミミックは、思わず吐きそうになる。


(冗談じゃない!? 頼むから早く帰ってこいよイカレ狂人!)

「よっすミミック、ちゃんとやってくれたか〜」

「……!」


 噂をすればと、例の狂人は何食わぬ顔でミミックの前に現れた。いつもは気が引けて口ごたえなんて出来ないが、度重なるストレスからミミックは思わず彼に怒声を浴びせようとして……それは直前になって呆けた声に切り替わった。


「お邪魔しまーす。へー、コレがお兄さまの言ってた影武者かぁ」

「……は?」


 彼の後ろからひょっこりと姿を見せた女の子。


「ふーん、確かにそっくり。けどお姉さまの方がずっと可愛いわね♪」

(は?)


 桃色のツインテールをたなびかせて、少女はミミックの顔をジッと見つめる。


「あなたもお兄さまの協力者よね? ならこれから関わる事も多いだろうし、自己紹介しておくわ」


 そう言って少女はミミックから距離を取り、スカートをちょこんと摘んで優雅にお辞儀する。


「───はじめまして、私はミリア。巷では魅了の魔術師と呼ばれている者よ。よろしくね♪」


…………。


「は?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る