ともだちをさがしに

 宇宙を閉じ込めたような透き通る脚、発光するラインを引いたシンプルな脚。どちらも流行っているからどちらにしようと、額を突き合わせて通販サイトを眺めていたのを今でもよく覚えている。


「ねえカンナ、この道で合ってます?」


 私の目の前で黒髪が翻る。気分で色を変えられる髪は校則で禁止されているから私たちの髪色はレトロな黒か、よくて茶色。黒髪の似合う親友に、私はスマホの地図アプリを示してみせた。


「まっすぐ行ったらすぐのはずだよ、シオリ」

「おっけーですわ」


 シオリが親指をたてた。

 路地に差し込む夕陽を受けて、胸元のリボンが燃えるように赤い。私たちは体のパーツを好きに交換できるのに、なぜか学校というやつはお揃いの制服なんてものに私たちを押し込めたがる。

 ばかみたいだよねと笑ったのはどんな声だっただろう。

 向こうから歩いてくる男の人がスマホばかり見ているから、私たちは目配せしてそっと道の端に寄った。彼の首を一周する繋ぎ目は人口声帯のそれ。あまり可愛いデザインではない。


「マキはどんなのだったっけ」

「ワンポイントでハートが入ってるのでしたね」


 レトロな修理屋のおじさんが新聞で口許を隠しながら私たちを一瞥した。天井から何本もの義肢が、古い映画で見た肉屋みたいにぶら下がっている。私たちみたいな女子高生が通販サイトやフリマアプリではなく電子部品街にいるのは珍しいのだろう。

 心臓が跳ねあがる。

 私とシオリはちょっとした冒険気分で口の端を吊り上げ、街の奥へと歩いていった。


「声と目。あとはなんでした?」

「左手の薬指」

「それは自分のがいいですね。耳は?」

「生身だった」


 話題は自然ともうひとりの友達の事になる。

 制服なんてばかみたいと笑っていた、マキ。

 私の足もシオリの足も元々は彼女のものだった。お小遣いをほぼ使いきってまで流行りの足を二本も買ったのに、使う前に彼女はこの世を去った。おかげで私の足は私によく馴染んでいるけれど、他の足はどうだろう。

 私は鞄に押し込んだぬいぐるみに視線を落とす。三毛猫の人形がスクールバッグから頭を出して、虚ろな目で街を眺めていた。


「使えるでしょうか。結構古いんですよね」


 シオリも三毛猫を見下ろす。

 修理のおじさんからは見えないだろうが、猫の口の奥には小型読取機がある。義体のチップの情報を読み取ったり個人情報を消去するもの……の中古品だ。

 体の一部を取り換えられるようになって『個性』『生体認証』なんてものが意味をなくした今、その人がその人である不変の証は国から割り当てられた個人番号くらいしかない。義体も個人番号やパスワードを登録して初めて使えるようになるし、いらなくなった義体をフリマアプリに出品するのだって個人情報を消去するのが常識だ。

 だから私たちはここへ。

 マキの死体が発見された時、義体のいくつかが欠けていたという。この街ならたまに盗難品も出回るらしいと噂に聞いたから、ここならきっとマキに会えるだろう。


「私は声がいいな」


 私の声が弾む。


「わたしはマキの目ががいいです」


 シオリもスキップまじりで楽しそう。

 私たち三人はだいたいいつも一緒だった。ひとり欠けた今、私たちが彼女の証を求めるのなら個人番号なんて目に見えないものじゃない。

 彼女が使っていた義体だ。

 はつらつとした声。夕焼け色の瞳。たかがアクセサリーでも、マキを誰よりも近くで感じて最期の瞬間まで共にあったものなら、マキそのものといってもいいだろう。

 マキの親友がそれを手に入れたとして、自分のものとして使うならマキのデータを削除しなければならない。

 シオリはそれに耐えられないだろう。こっそり隠し持って思い出に浸るか、無理やり使ってエラーを起こすか。いずれにせよマキを隠し持っているのはすぐ大人にバレて、同情されながら取り上げられる。

 大人の手で個人情報を削除しようとした時――そこに犯人の姿が映っていたらどうするだろう。

 時刻は夜。暗視モードのない安い義眼だから映像は荒い。マキは階段から突き落とされ、突き落とした少女は制服のスカートを翻して走り去る。

 私の三毛猫にはAIで作ったその映像が――突き落とした女の姿を私からシオリにすげ替えたものが仕込まれている。チップを読み込ませればまず最期の光景を偽の映像に書き換えるだろう。

 進むほどに夕陽は遠く。

 私たちは親友――あるいは恋のいざこざなんて理由で殺された哀れな少女の生きた証を探し求めていく。

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