感熱紙のラブレター

 私は海の底であなたを想い続ける。

 田舎育ちのおばあちゃん子だった私は、あなたや皆にとってきっと冴えない女だったでしょう。私自身もそう思います。


 進学をきっかけに上京したものの都会を歩くことさえままならない私はあなたに救われました。私の手をとってくれた丁寧な手つきも「いきなり手を掴んでごめん」と謝る優しい声も、ずっと私の心に残り続けます。

 あなたは私の同期。英会話に特に興味はありませんでしたが、あなたがいたから英会話サークルに入りました。外国人留学生と英語で日常会話ができるくらい英語を頑張ったのも単位を落とさなかったのも、流行りのファッションやメイクを覚えたのも、全部あなたの目に留まるためです。

 私は海の底。海水のせいでメイクが落ちてしまいましたが今はどうでもいいと思います。慣れない努力ってけっこう疲れるんですね。時間から解放された私はいまとても安らかにあなたを待っています。


 努力が叶って私はあなたの彼女になれました。

 さすがに就職先は別々でしたがメッセージアプリで毎日おしゃべりするのが私の心の支えでした。ふたりとも都内の企業でしたから、仕事に慣れてきた頃に同棲を始めましたね。ペアのマグカップや洗面所に並ぶ二つの歯ブラシ、そんなものが私の胸を満たしてくれました。私は早くに両親を亡くして祖母に育てられたから、結婚というものへの憧れが人一倍強かったと思います。

 そんな私の肺は冷たい海水でいっぱいですが、あなたへの想いで心が満たされているから大丈夫です。


 ほんとうに心の底からあなたが大切なんです。

 あなたのために尽くすのが私の幸せです。

 早起きしてあなたのお弁当を作るのが――気分で捨てられていたって。

 部屋をきれいに保つのが――半年も経つと家賃も生活費も私がすべて負担するようになったけど。

 私の体であなたを満たすのが――残業と嘘をついて他の女と遊んでばかりだったけど。

 だからあなたが私を頼ってくれた時はもう死んでもいいと思いました。他の女に目を奪われたのだって最終的に私のもとに戻ってくれるなら全部水に流しましょう。

 ほら、有言実行してるでしょう?


 面倒な女に引っ掛かったあなたに協力しました。

 ホームセンターでノコギリやビニールシート、頑丈なロープも買ってあげたし、バスルームで解体したあとはじっくりことこと煮込んでコンポストに入れたり少しずつ燃えるごみに出しました。

 ホームセンターでの買い物はいつもの習慣で電話料金と合算での支払いにしました。あなたに言われて履歴も削除したし携帯のキャリアも変えました。

 買い物に関してはこれで証拠隠滅できたとあなたはほっとしていましたね。

 その後私の身に起きた出来事は、思い出すとちょっとまだ辛いけれど、こぼした涙は海が包み込んでくれます。


 あなたは私に罪をなすりつけて、私の体を海に落としました。

 大丈夫。恨んではいません。

 だって私はあなたに復讐するつもりなんてないんですから。ただただ一緒にいたい、添い遂げたい、それだけです。

 あなたにない習慣が私にあったことを、きっとあなたは知らないでしょう。私は田舎育ちのおばあちゃん子でしたから、おばあちゃんの真似をして小さい頃からレシートをとっておくのが常でした。

 女を始末するための買い物も。

 私はあの時のレシートの裏面に真相を書いてファスナー付きプラスチックバッグに入れ、常に持ち歩いていました。私の体が海に沈んだ時、それは私を離れて浮き上がっていきました。

 告発ではありません。

 過程においてちょっと破滅するでしょうが、最終的に私のもとに戻ってきてくれたらハッピーエンドです。

 メッセージボトルに入れてラブレターを流すなんてとてもロマンチックだと思いませんか?


 私の体はいずれこの海の一部になるでしょう。

 肉体や時間から解き放たれた心はいつまでもあなたを待っています。

 

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