そうこうしている内に、私たちは晦の家に戻った。

 今日も子供たちが賑やかだ。


「それで……あざみ姫から祭事予定表を入手しましたけど、これからどうするんですか」

「どうもこうも、朝廷に入るための口実をつくるために、しらみ潰しに調査するしかないでしょう」

「朝廷があやかしに乗っ取られないようにですか」

「と言いますかねえ。自分は逆のことを想像していますよ」

「はい?」

「……いえ、今はまだ言いません」


 そう言いながら、晦は私のうなじをふいに撫でてきた。それに私はゾワリとした。

 ……私のうなじは、あやかしに噛み付かれたせいで、番の呪いをかけられた場所。式神になった今でも、ここを撫でられると途端に怖気が走る。

 私は思わず晦を殴ろうと手を挙げたものの、それより先に晦は私の手を掴んだ。


「な、んですか! いきなり! 不埒!」

「すみません。ただ、あなたの首が気になったので」

「なんでですか!?」

「……あなたにかけられた番の呪い、番になったあやかしがあなたが生きている内に見つかれば御の字ですが……見つからなかった場合について考えていたところです」


 それに私は「むぅ……」と口をひん曲げた。

 あやかしと人間の寿命は全然違う。私が生きている内に見つかったら、その首を切り落としたら全てが終わるけれど、もし番の呪いが解放されない場合、私は元の体に戻ったところで、出家させられる未来しか待っていない。


「あなただって言ったじゃないですか。調査の協力をしたら、この呪いをなんとかすると。見つからなかった場合のこと、まさか考えてなかった訳じゃないですよね?」

「考えてますよ。考えていたからこそ、あなたのうなじを撫でようとして、噛まれたところです」

「噛んでませんっ、殴ろうとしただけで」

「言葉の綾ですよ」


 そう言いながら晦は今度は私の髪を撫でる。

 お父様が周りに懇願して、可哀想だから神庭に行くまで待ってあげてほしいと、私の髪は切られることなく、真っ直ぐ長く伸びたままだった。式神にされた今でも、人間だったときと同じく、私の髪は長い。

 私の髪は、神庭に入った途端に髪を切られてしまったんだろうか。元の体に戻ったとき、髪がなくなっていたら悲しいな。

 そうぼんやりと考えていたところで、晦が告げた。


「あなたの番の呪いを、上書きできないかと思いましてね」

「上書きって……あやかしの番を上書きする気なんですか?」


 あやかしに番判定されることが呪い扱いされるのは、番に手を出したら最後、あやかしに手を出した人間もその関係者も皆殺しにされる……いわゆる族滅させられるから、もう神の嫁に出したということで出家させて家とは無関係にされるというものだった。

 番の上書きなんてものが、どれだけ危険かは、あやかし討伐を繰り返している晦だったらわかるだろうに。

 それでも。晦は私の首を撫でる。


「姫様、愛しておりますよ」

「……あなたずっと口でそればっかり」


 そう私が悪態をついた途端に、口は塞がれた。口を吸われ、うなじを撫でられる。私は思わず晦の胸元を殴ったものの、最初に張り手を決めて以降、彼はちっとも私の攻撃を物ともしてくれない。

 これは私が式神になったから立場的に彼の僕になったからなのか、それとも男と女だから力が足りないのか、どっちなんだ。

 なによりも。私が必死に抵抗しても、彼は私のうなじをくすぐってくる。これになんの意味があるのかわからず、私は黙ってそのまま受け入れていた。

 やがて。ようやく唇は遠ざかった。


「……危ないところでした」

「なにがですか」

「あなたを式神という形で魂を人形に閉じ込めていますが、あなたはあやかし討伐の際に、魂を使いましたから、少々力が足りなくなっていました」

「……待ってください。なんかとてもおそろしいことおっしゃってませんか?」

「はい。人間の体よりも式神の体のほうが楽でしょう? 肉の器のほうが重くて、紙の器のほうが軽い。当然の話ですから。でも式神も器をやられては普通に消えます」

「……待ってください?」


 だから。この人さっきからどれだけおそろしいこと言っているのかわかってるのか?


「だから定期的に私が力を補給しますから。安心していいですよ、姫様」

「……口付け以外の方法はないんですか? 力の補給は」

「あるにはありますけど、雰囲気が足りません」

「足りなくてもいいんですが!?」


 なんなんだよ、この人私に無体働きたいだけじゃないのか?

 私は晦に背を向けて、自分自身をかき抱いてブルブル震えていたものの、晦は私が嫌がっているのを無視して、その背中を抱き締めてくる。だから、もう。


「……番の上書きですけど、首を噛み切ればおしまいなんですが。それはさすがに式神の体では無理ですね」

「……あなたは人間でしょうが。人間があやかしの番の呪いを上書きなんてできるんですか?」

「ははははは。これでも当代きっての凄腕陰陽師ですからね。どうとでもできますよ」

「あなた本当にそういうのばっか」

「まあ、今は姫様が慣れてくれないことには、どうすることもできないんですがね」


 そう言って私を抱えてそのままごろんと寝転がった。

 私は抱き枕ではない。


「はーなーせー」

「まあ、お気になさらず」

「気になるわ」

「とりあえず、しばらくの間は神庭主催の祭事の跡地をしらみ潰しに調べて回ることになるかと思います。そしてその都度陰陽寮に舞い込んでくる依頼を行って、伝手やコネを増やしていきます」

「……陰陽寮が調査したいって、直接朝廷に直談判することはできないんですよねえ?」

「先程も言いかけましたが……これは、もうちょっと姫様が陰陽師とあやかしについて慣れてからでないと、お伝えすることは難しいです。さすがに私も、姫様が傷付くのには堪えるんですよね」

「嘘ばっかり」


 私は式神で抱き枕にされたまんま、むすっとした顔で晦にされるがままになっていた。

 女官の中には、恋のままに、出会う男の人男の人と、結婚してるしてない関係なく、あっちこっちでいちゃいちゃする人もいるらしいけれど、当然ながら王族でそんなのは認められてなかった……そんなことしてたら、私の場合は成人までは置いてもらえていたものの、即刻で神庭送りにされていたと思う。

 晦は最初から今まで、なにもわからない。

 陰陽寮の筆頭陰陽師であり、朝廷に許可なくては入れてもらえないから、この国で頻発しているあやかし騒動に後手後手にしか対応できないと言っている。だから王族の私を使って、いろいろ情報収集したかったみたいだけれど、王族の中でもはみ出しもの過ぎる私ではあんまり情報が集まらなかったから、こうやって式神として使役されている。

 ……でも。この人、私が番の呪いにかかっているってわかっていながら、どうしてこうも用が終わったと神庭にいるはずの私の肉体に私の魂を返さなかったり、番の上書きを画策したり、私のことを手元に置こうとするんだろう。

 私とこの人が出会ったのは、ついこの間のことのはずだ。なんでなんだろう。

 式神は眠らないはずなのに、晦の寝息が聞こえてきたせいだろうか。私もなぜか、すこんと眠りに落ちてしまった。

 式神になってから、初めての眠りだった。

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