春花国の式神姫
石田空
番の呪いと陰陽師
一
その日は、陰陽師から占われた大安吉日のいい日だった。
「すまないね、
「もう、お父様。そこまで泣かないで。仕方がないでしょう、今、
お父様はずいぶんとしょげ返っているのを、私はなんとか背中を撫でて宥めた。
本日晴天。大安吉日。
いい出家日和だった。
****
男性だった場合、出世するには武官になって手柄を立てるか、陰陽師になって占いの精度を上げるかのいずれかしかない。
女王の命令は絶対であり、たとえ王族だったとしても、女王に逆らうのは許されないという厳しい制限がかけられていたものの。お父様は今の女王……私の叔母上に逆らってしまった。
王族の男性は、基本的に朝廷内で毒にも薬にもならない役職に就けられ、女王により結婚相手が決められる。基本的に貴族のそこそこ身分の高い姫君だけれど……。
お父様は朝廷で働いていた女性……私のお母様と恋愛結婚してしまった。当然ながら叔母上は激怒してしまい、お母様は私が物心つく前には死んでしまっていた。
お父様曰く、私のお母様は叔母上にいじめ抜かれて殺されてしまったらしい。
それからお父様は、私に火の粉が飛ばないようにと、叔母上から私を守り、できる限り叔母上に逆らわないようになったのだけれど。
よりによって、私に別方向から火の粉が飛んできてしまった。
私が物心ついたときには、後宮で過ごしていたけれど。
その夜、私は自分の寝床に誰かが来ていることに気が付いた。後宮は基本的に武官により守りが固められているため、普通だったらありえないことだった。
でも当時の私は、そんな考えに思い当たることはなく、見知らぬ誰かが寝床にやってきたのに驚いて飛び起きたのだった。
「……誰?」
その誰かは返事をしない。
真っ白な水干を着た男の子のようにも見えた。やがて、彼は口を開けた。
口の中からは、やけに鋭い歯が……牙のように煌めいた。
その男の子は起き上がった私を羽交い絞めにすると、無理矢理首元を暴いた。私は訳がわからず、バタバタと抵抗をする。
「なあに!? や、め、て……」
ガブリという音を耳にした。歯が私のうなじにのめり込むほど入ったのだ。
痛い。熱い。血が出ている。私はとうとう大声を上げて泣き出した。
「ああああんんっ! 噛んだぁぁぁぁ! やあだああああ……!!」
私がびいびい泣き出している中、男の子はいずれかに立ち去ってしまった。私が大声を上げて泣いていたら、ようやっと寝ずの番をしていた武官がやってきた。
「どうなさいましたか、姫?」
「男の子に噛まれたああああ!!」
武官はみるみる険しい顔になったものの、当時の私にはその顔の変化に疑問を思うことなく、突然男の子に羽交い絞めされた挙句に噛み付かれたことに頭が混乱し、ただ声を上げて泣くことしかできなかった。
私の元には、次から次へと人が送り込まれてきた。
侍女たちは「まだ幼いのにおかわいそうに」とすすり泣き、医師や薬師は私の首筋を確認し、とうとう陰陽師までやってきては、皆で後宮を取り囲んで弓弾きをはじめた。
さすがに人が集まりはじめて様子がおかしいと私は唖然としはじめたとき。
顔を真っ青にしてお父様がやってきたのだった。
「藤花……!」
「お父様ぁぁぁぁぁ……!」
私はお父様に縋り付いて、おいおいと泣く。するとお父様もまた、すすり泣いていることに気付いた。
「すまないね、まさかこんな幼い子が……すまないね」
「お父様……?」
「藤花、落ち着いて聞きなさい」
意味がわからないまま、私はお父様を見上げた。お父様は泣きながら、私を抱き締める。
「お前はねえ……あやかしに
とつとつと語るお父様の話を、私はポカンとしながら聞いていたことをよく覚えている。
今思っても、ひどい話だった。
あやかしの番とは、いわばあやかしに嫁入りの意味となる。あやかしの番は、うなじに消えぬ噛み跡を付けられ、必ず嫁に出される。
あやかしは基本的に人間よりも力が強く、それを調伏できる陰陽師となったら限られる。下手に人間に嫁入りさせたら最後、嫁入り先の人間が皆殺しになってしまうかもしれなかった。
つまり彼らから番に指名されてしまったら、彼らから嫁入りを待つしかならない。しかしあやかしは基本的に人間の年齢で考えていない。
いつになったら迎えに来るのかわからない代わりに、人間にも嫁に出せないとなったら、もう出家させて、神庭で神に祈りを捧げながらあやかしが迎えに来るのを待つしかできない。
私は物心ついたときに、既に社会から爪弾きにされてしまう未来が決定してしまったのだった。
****
本来、私にも王位継承権はあったはずなのだけれど、番に呪われてしまった私は成人と同時に出家が決まってしまったため、当然ながら継承権は剥奪された。
その代わり他の王族の女性陣と比べれば比較的自由に生活させてもらえるようになり、武官の元に出かけて護身術として剣術や弓を習ったり、芸事も琴ではなく笛を習ったりしていた。
当然ながら朝廷の人々からは困惑された。
「姫様、よろしいんですか? これ以上女王から嫌われては……」
「叔母上、私のことを目の敵にしていますから。でもどうせ成人したら厄介払いできるんですから、成人までは好きに過ごさせてもらいますわ」
「というより、神庭に向かわれるのに、どうして武芸を習うのですか? 楽器を習うならばまだ理解ができるのですが」
神庭は基本的に神に奉納をする場所なのだから、当然ながら芸事も奉納する。特に神庭に出家が決まった姫が琴を弾いて奉納することは珍しくはなかった。
それに私はムンッと腕まくりをする。
最初はひ弱な細腕だった腕も、少しだけ筋肉が付き、今では弓を弾くのも剣を振るうのもそこまでつらくはなくなっていた。
「私の番が現れた時のためです」
「……姫様の番のあやかし……ですか?」
「私を番にしてくれたお礼に、その首を取ろうかと」
「なんでですか!?」
「私の人生を勝手に決めて、お父様にいらぬ心労を与えてくれた番なんて、絶対に私の手で打ち取らないと駄目じゃないですか!」
「なんでですか!? そこはせめて、陰陽師を差し向けるべきでは……」
「でもあやかしを調伏できる陰陽師って限られているんでしょう? そんなできもしないこと頼んだってしょうがないじゃない」
私がフンスと鼻息を立てると、武官たちは顔を見合わせてから、やっとこちらに振り返った。
「今の陰陽寮の筆頭陰陽師は、凄腕の方とお聞きしておりますよ」
「ええ、なんでも占いは百発百中。あやかしの相談は全て解決するというようなすごい方だと」
「なによりも平民から破竹の勢いで出世したとかで、貴族の姫君からも覚えめでたきお方だと」
「はあ……」
私はその人を全く知らないなあと思った。私が普段朝廷内の後宮と武官たちが待機している兵法所を行ったり来たりしているけれど、そこから陰陽寮はちょっと離れている。
そういえば、私が最後に陰陽師を見たのは、私が番の呪いを受けたときだから、ほとんど会ったことがないんだよなあ。
「でも会えない人に頼んでも、意味なんてないのでは?」
「そうおっしゃらず」
「まあ、でも教えてくれてありがとうございます。考えておきますね」
それだけ言って去っていった。
私が出家する、数日前の出来事だった。
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