第26話
「レイチェル……ジンパチ……!?」
「…………」
気まずそうに視線をそらした礼香の隣で、仁八は目をパチパチさせている。
昔から体が大きかったけど、昔はどちらかというと太っていたのに対し、今は筋肉のボリュームがすごい。
アロハシャツから伸びる、日焼けした腕は筋肉がムキムキだった。
「おまえら、なんで揃ってるんだ?」
「なんでもなにも、みんなで集まろう、って約束してたのよ。ジンパチだけは連絡つかなかったけどね」
「その小学生は?」
一人だけ小学生がまぎれこんでいることに気づいた仁八は、その隣にいた愁に疑問の眼差しを向ける。
「まさかおまえ……いつのまにそんなでっかい子供を……」
「はぁ?」
愁が怪訝そうに返す。
「やめなさいよ。いくらシュウの見た目老けてるからって、私たちの同級生よ? 小学生の子供がいるとしたら、十三ぐらいの時の子供って計算になるでしょーが。この朴念仁に、そんなヤンチャな真似ができると思う?」
「老けてる……」
綾子のフォローに、愁は小さく呟いた。
悪意ゼロパーセントなのは誰の目にも明らかだが、なかなか失礼な言葉である。
「ふっ……」
礼香が笑い出した。
「た、確かに、その通り……」
声が震えている。笑っているのだ。
どうやら、ツボに入ってしまったらしい。
「でしょー?」
綾子は得意げに返した。
「おい、ふざけるな。この可愛い顔立ち、どう考えても森倉の血を引いているとは思えないだろ。父親と疑われるべきはオレの方だ」
「あんたはなに言ってんの」
若干ムッとしながら言い出した貴希に、速攻で綾子の鋭い突っ込みが飛ぶ。
一方の仁八は、困惑したままだった。
「じゃあその小学生は、いったい……」
もっともな疑問だ。
凛音はゆっくりと仁八の目の前まで歩いていった。
「久しぶりだね、ジンパチ」
声を聞いて、戸惑い気味だった仁八の顔が引きつる。
「……嘘だろ?」
「嘘じゃないよ。リンネだよ。……えっと、信じられないかもしれないけど、生まれ変わったんだ」
凛音の言葉に、仁八はバッと勢いよく来栖家の墓石を振り返る。
「おいおいおい、お盆はもうすぎただろ」
「……え? いや、あの、化けて出たとかじゃ、なくて……」
「わ、わかった! 憑依ってやつか? その小学生の体に乗り移ってるんだろ!?」
「……おばけじゃ、ないってば」
すぐに信じてもらえないのは想定のうちだったけど、そんなふうに思われるとは想像していなくて、凛音の声はどんどん弱々しくなっていく。
「おい、ジンパチ……」
見かねた愁もこちらにやってきて、仁八の肩に手を伸ばす。
しかし、肩に手を置く前に、仁八はそれを思いきり振り払った。
一歩下がり、凛音に向かって両手を合わせる。
「どうか、成仏してください……っ! なんでもするんで!」
大柄で屈強そうな体に似合わぬ、怯えたような態度。
なにか、様子が変だ。
まるで、ほんとにおばけに遭遇して怯えてるみたいな……。
「ちがうよ……」
呟く凛音の声はもう、消え入りそうなほど小さくなっていた。
「おまえにはこいつが幽霊に見えるのか?」
愁は冷静に問う。
「じゃなかったらなんなんだよ……。これまで、数えきれないほどオレのところに化けて出ただろ……? もういい加減許してくれよ……。ほ、ほら、今年はおまえの好きだったねるねるねるね、持ってきてやったから。ちゃんと、ぶどう味の方……」
差し出されたビニール袋を、凛音は当然、受け取ることはできなかった。
助けを求めるように愁を見ると、愁はじっと凛音を見つめ返してきた。
「凛音、いやリンネが……ジンパチのところに化けて出たのか?」
「ええっ? 死んだあとのことは覚えてないから全然わかんないけど……少なくとも、ジンパチのところに化けてでる理由なんてないよ」
「理由がない!? あるだろ! あの日、海にみんなを誘ったのはオレだった! シュウとリンネが二人で沖の方まで行くのを見てたのに『二人きりにしといてやろうぜ』って言って、心配して様子を見に行こうとするタカキを止めたのもオレだった! それだけでもじゅうぶん……。オレがあの日、暑いから家でゲームをやろうって言ってたアヤの言うとおりにしていれば……子供だけで助けるのは無理だから大人を呼んでこようっていって、リンネを助けに潜ろうとしてたシュウを止めていなければ……!」
凛音が完全に言い終わる前に、仁八が叫びだした。
「葬式のあとも、四十九日が終わったあとも、一周忌が終わったあとも、そのあとも何度も白い影がチラチラオレのこと見てくるんだよ……あれがおばけじゃなくて、なんだっていうんだよ!?」
完全に恐怖に支配された仁八の様子に、綾子と貴希と礼香が顔を見合わせる。
凛音は怖くて仁八の顔が見れなくなって、俯いていた。
愁だけは、ホラー映画でおばけに追いかけられた人みたいになっている仁八の必死の形相を、感情の読めない目で見つめている。
「リンネはそんなことしない。リンネが化けてでてくるなら、オレの前のはずだ。あの日、リンネを助けられなかったのはオレなんだから」
「……っ」
淡々とした愁の言葉が、容赦なく凛音の胸に突き刺さってくる。
たまらずに、凛音は駆けだしていた。
「ちょっと凛音……!」
綾子が慌てて声をかけてくるのは聞こえていたが、振り返れなかった。
(ごめんなさい。ごめんなさい……)
どうやって償ったらいいのかわからない。
そんなに、みんなのことを傷つけていたなんて……。
「なんで死んじゃったんだよ、リンネ……」
今日、みんなと一緒に並んでいるのも、凛音ではなく、リンネであるべきだった。
過去の記憶を取り戻しても、リンネが存在しなかった十年間を埋めることは、自分にはどうがんばっても不可能なのだと思い知らされた。
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