第22話
「……ここ」
「あっ、覚えてる? 懐かしいでしょ。小学生の時、遠足で来たよね」
電車とバスを乗り継いでやってきたのは、凛音が住む街の隣の市にあるハーブガーデンだった。
車でないと行きにくい場所にあるため少々時間はかかったが、わりと家からは遠くない。
「こんなところでコスプレイベントなんてやってるの?」
「数年前から定期的に開催されてるのよー。ほら、ロケーションはいいからコスプレの撮影にはもってこいなんじゃない? このへん、観光資源が少ないからさぁ、町おこしの一環ではじめたのよ、きっと」
引っ張ってきたキャリーケースから大きい手提げを取り出して、綾子は類に手渡している。
「着替えの手順は覚えてるわね?」
「……うん」
渋々といった様子で、類が頷く。
「私は男子更衣室には入れないし、小学生とはいえ男の子が女子更衣室に入ってくると嫌がる人もいるだろうから、着替えは任せたわよ。細かいところはあとで手直ししてあげるから」
「わかったよ」
「じゃ、私も着替えてくるから、先にそっちが終わったらこの近くで待っててねー」
「アヤちゃんも結局コスプレすんの?」
「あんたたちのコスプレのことで友達にいろいろ聞いてたら、『ヒマリもやれば?』って言われちゃってさー。あ、ヒマリっていうのは私のハンドルネームなんだけど。そういうわけだから、仕方なくね」
仕方なくというわりには意気揚々と、綾子は更衣室へと消えていった。
「……いこっか、凛音くん」
「……うん」
ちなみに、今日コスプレイベントに参加することを、愁には伝えていない。
誘ってみたら? と綾子に言われたので一応予定を聞いてみたのだが、今日は水泳の大会があるらしく、来てもらうのは無理そうだったので、それ以上はなにも言わなかった。
(……今日だけ。一日だけ、女の子に戻った気分を味わうだけだから……。だから別に、シュウちゃんに見てもらわなくてもいいよね……?)
コスプレといっても、凛音が着るワンピースはそこまで構造が複雑ではない。ワンピースはほぼ頭からかぶるだけなので、簡単だった。
大変なのは類の方だ。
「あれ? これでよかったっけ?」
「このインナーを先に着るんじゃない?」
「あっ、そっか、そうだった」
類の衣装は、上半身は中世の騎士を思わせるスタイルだが、下はミニスカートにブーツだし、頭に乗せた帽子には大きな猫耳がついている。
最後に、腰のあたりに大きなふわふわのしっぽをつけて完成だ。
「すごいね類くん! かわいいよ!」
「ありがとう。……あんま嬉しくないけど」
類の方はなにかのアニメのキャラらしい。ほぼ綾子の趣味で用意された衣装だ。
男子更衣室には、他にもたくさんの人がいた。
(わぁ……あの人、刀持ってる。あれも作り物なのかな?)
様々な系統の衣装が入り乱れる光景は、かなり非現実感満載だ。
(あ……あの人も女装だ)
ちょうどいま、更衣室を出ていった人に目が留まる。
顔はよく見えなかったけど、白いスカートがふわりと揺れるのが見えた。
「凛音くん、いけそう?」
「うん。僕はもう大丈夫」
「あー……この姿で出たくないけど、アヤちゃん待たせたら悪いしなー……」
ぶつぶつ言いながらも、類は荷物をロッカーに押し込んでいる。
外に出ると、女子高生の姿にチェンジした綾子が待ち構えていた。
なにやら難しい顔で、考え込むポーズをしている。
「ごめん、お待たせ」
「うん……全然いいんだけど、凛音、さっき出てきたヴィヴィアンちゃんの顔、見た?」
「ヴィヴィアンちゃん?」
「あー……えっと、白いスカートに、青いジャケット羽織ってた子」
多分、ヴィヴィアンという名前のアニメかゲームのキャラのコスプレをした人のことだろうと理解した凛音は、先ほど更衣室を出て行った後ろ姿を思い出す。
「そんな感じの人は見かけたけど、顔は見てないよ。……どうかしたの?」
「いやー……なんか知り合いに似てた気がするんだけど、気のせいかなー」
「ていうかアヤちゃんのコスプレってそれ? 全然普通じゃん」
綾子の趣味により派手なコスプレをさせられた類が不満そうにこぼす。
綾子の姿は、白いニット素材のベストにミニスカート、襟元には大きめの赤いリボンという感じだ。
淡いミルクティー色のウィッグをつけているが、それにしたって、普通の女子高生に見える。
それ以外の特徴といえば、いつもかけている赤縁の眼鏡がコンタクトレンズに変わっているぐらいか……。
「えっ、なに? 私、もう二十だけど、ちゃんと女子高生に見える? 変じゃない?」
「普通に似合ってるけど……」
そういう話じゃない、と類と凛音は内心思った。
「この衣装はねぇ、
「……誰?」
「知らないの? いま人気の異能力バトルアニメのヒロインよ」
「……うちのクラスでは流行ってないかな」
「そうなの? 今度うちで配信見せてあげるから、気に入ってくれたら、友達にも勧めるといいわ」
「ねぇ、撮影すんなら、さっさと終わらせない?」
むき出しの膝を擦り合わせながら、類が居心地悪そうに言い出した。
ここは更衣室の近くなので、人がよく通る。
邪魔にならないところに立ってはいるが、女子高生姿の女の子に小学生二人という奇妙な組み合わせなので、目立っていることは間違いないと思う。
さっきから、チラチラと窺うような視線を何度も感じる。
「やだ、類、恥ずかしがってんの、かわいい~! これだから女装少年はたまんないわ!」
「……アヤ、もう行こうよ。暑いし」
類が可哀想になってきた凛音は、綾子の手を引っ張って、花畑の方に連れて行く。
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