第7章 一緒には行けない決断

第1話

 翌日、目が覚めたら、やたらめったら目がぼったりして違和感ありまくりだ。


 化粧で隠そうと試みるものの、自分ではうまくいったかどうかわからない。とはいえ、これ以上は無理なように思い、多希は立ち上がった。


 ダイニングキッチンに行くと、アイシスが一人でテレビを見ていた。


「あ、タキ、おはよう!」

「おはよう。アイシス一人? ライナスさんは?」

「教習所に行った。だから開店の準備を任された」

「そうなの。じゃあ、二人で頑張りましょう」

「うん!」


 ガッカリのような、ホッとしたような。


 いくら化粧をしてごまかしたとはいえ、腫れぼったい目元をしていたらライナスが心配することだろう。帰ってくる頃には少しはマシになっていることを願うばかりだ。


「兄上が朝ごはん作って行ったから、タキ食べて」

「ありがとう」


 テーブルにはおにぎりとだし巻き卵が置かれている。


 ライナスは和食が気に入り、いろいろとトライしているのだが、最近ようやくおにぎりとだし巻き卵をマスターして、しょっちゅう披露するのだ。


「うん、おいしい。ライナスさんってば、すっかり和食党になっちゃったね」

「……ねぇ、タキ」

「なに?」

「調子悪い?」


 鋭いツッコミに、おにぎりを喉に詰めそうになった。


「どうして?」


 アイシスが手を顎にやり、なんだか考えこんなようなゼスチャーをするのだが。


「目がトロンってなってる」

「えっ。そうかな」

「なんか、腫れた感じ?」

「そんなことないと思うけど。ぜんぜん元気だし。それより、早く開店の準備をしよう」

「そうだね」


 アイシスはよく見ている。多希は話を切り上げて開店準備に取りかかることで、動揺を見破られないようにした。


 ライナスは昼すぎに帰ってきた。いつもよりも時間がかかっているように思ったが、早く免許を取るほうがいいだろうと話をしていたので、複数の授業を受けてきたのだろう。


 多希には、ライナスの帰宅時間が遅かったことよりも、彼の態度のほうが大事で、いつもと変わらない様子にホッと安堵した。


(ライナスさんは優しいから私が自分の意志で決められるように、ヘタに惑わせないよう気遣ってくれている)


 ドキドキするような甘い言葉をかけることはないけれど、穏やかな表情に、目が合えば微笑んでくれる。それが安定の安心を与えてくれる。緊張は最初だけで、すぐにいつもの調子になった。


 何事もなく時間が過ぎていく。

 沈んだ気持ちで始まった今日は、あっという間に終わってしまった。


 翌日。


「おじいちゃん、起きてる?」


 施設にやってきた多希は、大喜の部屋の扉をノックし、スライドさせた。大喜はソファに座っていて、雑誌を見ていた。


「やっぱりカフェの雑誌見てるのね。ねぇ、帰ってきてよ」

「いや。俺はここがいいんだ」

「もう!」

「ライナスさんがいるからいいだろう。こんな年寄りは邪魔だろうが」

「なに言ってるのよ!」


 大喜は雑誌を閉じ、横に座った多希の顔をじっと見つめた。その目が意味深だ。


「なに?」

「昨日、ライナスさんが一人で訪ねてきた」

「え!」


 驚きの声を上げてから、昨日、教習所からの帰りがいつもより遅かった理由だと悟る。複数の授業を取ったからではなく、ここに寄っていたとは。


「ライナスさん、なんて?」

「お前のことが好きだと言われた。返事に困った」

「ええっ!」


 だが、大喜の顔はあまり喜んでいない。それを察して多希も表情を引き締めた。


「そう遠くないうちに国から迎えが来るだろう、お前を連れて行きたいのでそう告げ、返事待ちの状態だとな」

「おじいちゃん、私」

「まぁ聞け」


 止められて多希が口を噤む。多希の目には動揺が現れていて、きょろきょろと動いて落ち着きがない。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る