第4話

「タキさん、どうだろう。信じてもらえただろうか」

「信じてって、私、疑ってなんていませんよ。日本では馬を交通手段にしていないって言っただけで」


 馬上から笑みを浮かべて見下ろすライナスの輝かしいこと。多希は目を奪われてそれ以上言えなかった。


 すると周囲から、パチパチパチパチと拍手が起こった。


「すばらしく美しいフォームでした。なんというか、うまく捌いているというのもあるんですが、こう、全体が神々しいというか」


 中田が興奮気味に褒めてきて、ライナスの顔がますます輝く。


 ひょいと降りたライナスは、手綱を中田に渡した。


「勝手に走り回ってしまったが、よかったのだろうか。あ、いや、事後では意味はないか。うれしくて、つい。だが、とてもいい馬だ。こちらの意図をよく察してくれてとても走りやすかった」


「おっしゃる通りコースから外れては困るのですが、シュンがなにより楽しそうでした。もし今後もいらしていただけるなら、通常の申し込みではなく、別途時間を設けさせていただきますよ」


「それは大変にありがたい。ぜひ、よろしくお頼み申し上げる」


 なんだか盛り上がっている。多希はライナスを微笑ましげに見つめ、それからアイシスと目を合わせて笑った。


「なにかおかしいかな?」

「いえ、ぜんぜん」


「そうか? だが、タキさん、わかってもらえただろう?」


「だから、最初から疑っていませんって。ライナスさん、すごくすごく素敵でした。正装されて乗られたらさぞやかっこいいだろうなって思いましたから」


「本当か? じゃあ、次回はここに来た時に着ていた服で乗ろうか」

「兄上、そんなにアピールしなくていいって。タキには充分通じてるよ」


 アイシスの鋭いツッコミに、ライナスは目を白黒させる。


 体験コースが終わると、三人は精算して乗馬クラブをあとにした。


 途中でカフェに寄り、一服着く。メニューを注文すると、多希はトイレのために席を立った。それにアイシスも追随する。そして戻ってくると、ライサスがなんだか難しい顔をしていることに気がついた。


「ライナスさん? どうかしました?」

「…………」


 多希とアイシスが顔を見合わせ、それから再びライナスに視線を戻す。


「ライナスさん」

「兄上」

「え?」

「どうかしたんですか?」


 多希とアイシスがじっと見つめていることにようやく気づくと、ライナスは一つ吐息をついた。


「……すまない。ちょっと考え事をしていた。私もトイレに行ってくる」


 言うなりライナスは席を立った。その背を二人が見送る。


「ライナスさん、急にどうしちゃったんだろう」

「ホントだね。さっきまで馬に乗れてご機嫌だったのに」


 間もなくライナスが戻ってくると、いつもの穏やかな表情に戻っていた。


「すまない。気がかりなことがあったのだが、杞憂だった」


 そう言って微笑むライナスであったが、その日からライナスはふと沈んだ顔をするようになった。どこかも物憂げな感じがする。


(ライナスさん、どうしたんだろう)


 気にはなるけれど、聞くのもどうだろうと思ってなにも言わない多希であったのだが。


 数日が経ったある日、店を閉めて片づけをしている最中、多希はライナスの胸元に目を留めた。


「ライナスさん、なんか胸元、光ってません?」

「ん?」


 自分の胸元を見たライナスは、ハッと息をのみ、それから胸に手をやった。そして首を傾げている多希に顔を向ける。その顔はひどく驚いていた。


「あ……」

「?」

「すまない。あとを頼む」


 言うなり出て行ってしまった。


(どうしたんだろう。この前の乗馬の日から様子がおかしいのだけど)


 夕食の際も沈んだ感じだった。


 多希はそんなことを考えつつ風呂にも入り終え、そろそろ部屋に行って寝ようか、と思っていると、ライナスがキッチンにやってきた。


「タキさん、少しいいかな。話があるんだが」


 改まった様子に多希は内心驚きながらも、顔には出さずにダイニングテーブルに向かった。


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