第6章 別れの兆しと告白

第1話

「おじいちゃん、入るわよ」


 多希が声をかけ、ドアを開ける。大喜はソファに座っていた。


「おじいちゃん!」


 ダダダッとアイシスが駆けて行き、大喜の前に規律すると、心配そうな表情をして、ごめんなさい、と言った。


「この前はごめんなさい。僕、タキの傍から離れたくなくて、失礼なことをしてしまいました。でも、家にいることを許してくれて、ありがとうございました」

「…………」


 大喜は驚いたようにアイシスを見つめている。大喜がなにも言わないので、アイシスの顔に浮かんでいる不安の色が深まった。


「あの……まだ、怒って……怒ってますか?」

「アイシスは七歳だと聞いていたから」

「七歳だけど」


 アイシスの礼儀正しさや言葉遣いは、七歳にしては大人びている。これこそがアイシスの出自の結果であることを、大喜は察して驚いているのだ。いや、同情の思いに駆られているといったほうがいいのかもしれない。


「あの?」

「怒ってなどないよ。こっちこそ、ちゃんと話も聞かずに怒って悪かったね。これからは安心して過ごせばいいから」


 アイシスの顔がパッと明るくなった。


「ありがとう! あの、あのっ」

「ん?」

「僕も、おじいちゃんって呼んでいい?」

「もちろんいいよ。そう呼んでもらえたらうれしいよ」

「おじいちゃん! おじいちゃん、大好きっ」


 アイシスは大輪の花のような輝かしい笑顔で大喜に抱き着いた。


「はははっ、アイシスは元気だなぁ」


 大喜の顔も緩みっぱなしだ。


 それから大喜は傍に立つ多希とライナスに顔を向けた。それに合わせてライナスが丁寧に会釈をする。


「これ、おじいちゃんの好きな豆大福。それから私が焼いたマドレーヌよ」

「こんななにもないところに、わざわざ来なくていいものを。奇特な」


 なんて憎まれ口を言っているが、明らかにうれしそうだ。それを見る多希の顔にも笑みが浮かんでいる。


「おじいちゃん、僕も手伝ったんだよ。型に流して焼くのが僕のお仕事なんだ」

「そうかそうか。まだ生地は作らせてもらえないのか?」


「うん。混ぜ方で失敗したら、おいしくないからって。マズいのは作りたくないから、タキが作ってるのを、もっといっぱい見てからチャレンジすることにしたんだ。でも、僕が初めて全部作ったマドレーヌはおじいちゃんに食べてほしいんだけど、いい?」


「なぜ俺なんだ? 兄さんがいいんじゃないのか?」


「兄上は甘いの得意じゃないし、おいしくなくてもおいしいって言うから。このマドレーヌはおじいちゃんが開発したんでしょ? だったら、マズかったら、自分のマドレーヌじゃないって、ちゃんと言ってくれると思うから」


 大喜はアイシスの頭を撫で、目を細めて頷いた。


「じゃあ、最初の味見は俺がするから、いつでも持っておいで」

「はい! でも」

「なんだ?」

「おじいちゃん、病気じゃないんでしょ? だったら家に帰ってくればいいのに。四人でお店やったら楽しいと思うよ?」

「…………」


 大喜は言葉が出てこないようだ。


「アイシス、おじいちゃんね、長いこと働いていたから、ちょっとゆっくりお休みしたくなったのよ。いっぱい休んだら、また戻ってくると思うから、それまで三人で頑張ろ」

「ホント?」

「おじいちゃん、だよね?」


 多希が笑顔で聞くと大喜は口を尖らせた。だが、なにか言うことはなかった。


 その時、扉がノックされ、施設のスタッフが声をかけてきた。返事をすると、扉がスライドして、制服姿の女性がお辞儀をする。


「すみません、ご家族の方にお話がございまして、お帰りの際に事務局にお寄りいただきたいのですが」

「今でもいいですけど?」

「本当ですか? では、よろしくお願いします」

「わかりました」


 多希は立ち上がり、それから顔を大喜やライナスたちに向けた。


「ちょっと話を聞いてくる。ライナスさん、アイシス、おじいちゃんの話し相手になってあげて」


 多希はそう言って部屋から出て行った。それを見送り、三人はそれぞれ互いを見合う。



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