第3話

「ただいま」


 帰宅し、リビングに行くとライナスたちがテレビを見ていた。が、多希はその姿を見て驚き、思わず息を詰めた。


 ライナスが長上着を脱ぎ、クラヴァットを取ってボタンをいくつかはずしているからだ。さらにベストも脱いでブラウスの袖もまくっている。


 ラフな姿でリラックスしている様子があまりにも絵になっていて、そしてイケメンすぎて、目を奪われてしまった。


「…………」

「おかえり、タキさん。タキさん?」

「あ、はい。えっと」

「どうかしたか? もしかして、おじいさんになにか問題でもあったとか?」

「うぅん、なにもないです。至って元気。というか、元気すぎて困るくらいでした」

「そうか、それはよかった」


 そして甘いスマイル。目の当たりにしてクラクラする。


「なにか飲むか?」

「大丈夫。自分でします。それより、どう? スウェーデンのこととか、覚えました?」


「そうだな、そのあたりは知識として覚えるだけなので問題はないと思う。どのあたりに住んでいて、どんな仕事をしていたかなど、いろいろ調べて設定を考えたから、人に聞かれてもうまく誤魔化せるだろう。だが、この国の文化については生活するに必要だからそうはいかない。歩き回って覚えるのが早いと思う」


 言われて納得だ。


 多希は冷蔵庫からお茶を取りだしてテーブルについた。


「気になったのは学校というシステムだ。この世界では子どもほど就学しないといけないみたいだが、アイシスが学校に行かないというのは不自然ではないのだろうか?」


 確かにそうだ。短期間だけの滞在ならいいが、これから長くいるとなると学校に行かせないとマズい。かといって、異世界からやってきた者に公共の手続きを行うことは難しいだろう。


 多希は内心唸った。実は学校だけではなく、健康保険など他にもいろいろあるからだ。


(だけど……今はまだそこまでいかないのかなぁ。だって、日本のことがわからないんじゃなく、この世界のことがわからないんだから。学校とか遠い話よ。二人が違和感なく過ごすことに集中したほうがいいと思う。思うけど……)


 多希はそこまで考え、疑問が疑問を呼んで、どんどん膨れていくのを感じた。


(そもそも、彼らは自分の世界に戻れるのかな? 戻るつもりでいるの?)


 住み込みアルバイトなどと勝手なことを考えていたが、早々に帰ってしまうことだって考えられる。


 多希は自分の考える最善に捉われていて、彼らの置かれている実情をもっと聞かないといけないと思った。


 とはいえ、今はそれよりも彼らがここで住むに必要なものを揃えなければならない。


「おっしゃる通りなのだけど、この国ではいつでも誰でもすぐに学校に入れるわけじゃなく、手続きが必要なんです」

「有力者から口添えがあればいい、とかではなく?」


「はい。身分の保証とかではなく、生まれた時に自治体……住人の出生や居住を届ける先なんですが、そこに申しでて承認をもらってから、なんです」

「承認をもらえたら学校に通えるのか?」


「ええ。どこの学校に行くとか、いろいろ指示してもらえるんですが、それにはまず保護者が外国人登録をしなくちゃいけない……はず。ごめんなさい。私も詳しくなくて。いずれにしても正式に登録するのにあたって、異世界の国の名前では無理なので、どうするのがいいのか、ちょっと考えたいと思います」


 ライナスは、ふむ、と考え込んだように口を閉ざしてしまった。


「それよりも、今から買い出しに行くのでついてきてほしいんですが」

「買い出し?」


 アイシスがとたんに瞳を輝かせる。その顔が愛らしい。


「そうよ。食べるものとか着るものとか」

「行く!」


 アイシスが元気いっぱい答える横で、ライナスは困惑気味だ。


「生活に必要なものをそろえるのと、三人分の食料を買わないと足りないから。荷物持ちがいると、とっても助かるんです」

「荷物持ち?」

「王子様に荷物を持ってもらうのはマズいのかな? だったら、アイシスと二人で行ってくるので留守番していてもらえればいいですけど」


 するとライナスがぱっと背筋をただした。


「私で役に立つことならなんでもする。だが、タキさん。私はもう王子ではないから、そんなふうに言うのはやめてほしい」

「でも王子様でしょ?」

「今はいち官吏だ。貴族の位ではあるが、爵位も辞退したから。ここでは君に世話になる一人の人間でしかない」


 王子様という存在は、もっと偉そうなものなのだと思っていたが、ずいぶん腰の低いことだと多希は思いながらも、ライナスの人柄を感じられて安堵する。


 出かける用意をし、多希は二人を車に乗せようとした。


「これ! 自動車だぁ!」

「うん。アイシス、乗りたいって言ってたもんね」

「タキさんは自動車を操れるのか」

「操る……運転するって言うんだけど、まぁ、そうね。二人は後ろのシートに乗ってちょうだい。シートベルトがあるから、つけてほしいの」


 後部座席に乗り込んだ二人はシートベルトがわからずきょろきょろしたが、多希がアイシスにつけてやると、ライナスもそれに倣って装着した。


 もうなにからなにまで説明しないといけないのが本音としては面倒なのだが、事あるごとに驚いたり感嘆したりする二人は見ていて面白い。


 走行中も、信号をはじめとする道路交通のルールや、日本の文化習慣を説明して、車は近くのショッピングセンターに到着した。



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