第2章 ショッピングセンターは驚きの連続
第1話
「それでは行ってきます」
「いってらっしゃい!」
「気をつけて」
アイシスが元気よく言ってくれ、ライナスが穏やかな笑みをかけてくれる中、多希は家を出た。
それから間もなく、多希の前に人が現れた。常連客の
フリーのデザイナーだそうで、自宅で仕事をしているので時間を自由に使えるらしく、けっこう頻々と店に通ってくれていた。
「多希ちゃん、こんにちは」
「あ……前川さん、こんにちは」
多希は軽く頭を下げながら挨拶をした。
(おじいちゃん、この人のこと、嫌いだったな)
思いだして苦笑する。確かに前川は常連客であったが、祖父は彼が多希を目当てに来ていると言って嫌っていた。理由は多希がいない時に喫茶店に来ることはないそうなのだ。
だが多希は、前川から店に来るタイミングについて理由を聞いていた。祖父が一人の時は手が回らないのでメニューが減るのだ。前川には食べたいメニューがあって、それを目当てに来ているので、おのずと多希がいる時間になるのだ。
とはいえ、平日の昼間に近所の喫茶店に通えるのは、自宅勤務だからだ。そういう意味で前川は神出鬼没だった。
「多希ちゃんさ、お店、再開するのかい?」
「え? どうしてですか?」
「いや、男性が出入りしてるのを見たからさ。アルバイトを雇うのかなって」
二人が出て行った時と連れて帰ってきた時のどちらかを偶然見たようだ。
「いえいえ、あの人は知り合いなんですよ。えーっと」
なんと言い訳しようか、フル回転で考える。そして閃いた。
「大学時代にヨーロッパに海外旅行したじゃないですか。その時に知り合ったんです。で、今回、日本に来たから、うちに寄ったんですよ」
「あ、なるほど」
「私、今から祖父のところに行くので、失礼しますね」
「ああ、行ってらっしゃい」
多希は軽く会釈をして歩きだす。
(我ながらナイスな言い訳)
なんて考えつつ、二人のことを思い浮かべる。
(お昼ご飯、どうしよっか)
アイシスは子どもだから当然として、ライナスも料理はできそうにない。なんといっても王子様なのだから、できなくて当然だろうし、逆に料理の得意な王子様なんてちょっと想像できない。
現代の王室ならそういう王子様もいっぱいいることだろう。だがライナスはマリーアントワネットの時代の王子様衣装なので、できないと思ってしまう。
それは別にいいのだが、であるならランチを用意しなければならず、非常に困ったのだ、食材がなくて。
デリバリーにしようかと思った。しかしながら、あの二人が現れたらデリバリーの人はきっと驚くだろう。
まあ、顔はいい。普通に外国人だと思うだろう。問題は服装だ。普通の家からマリーアントワネット時代の服装をした外国人が出てきたら、きっと驚き、この家はちょっとばかし危ないかも、と思うことだろう。
それに、もう少しこの世界の常識を覚えてからでないと、多希の目の届かないところで他人とやり取りするのは危険な気がするのだ。
とんでもないことを言いだしたら……そう思うと、とてもじゃないが落ち着いて施設に行っていられない。
そういうわけで、非常に罪悪感を抱きながら、二人にはカップ麵といくつかの缶詰を置いていった。
湯を入れたら食べられるのか!? とか、長期間保存できるとはすばらしい! とか、ずいぶん騒いでいた、ライナスが。
そして製造方法を詳しく聞かれたので、結局パソコンの操作とインターネットの見方を教えて、自力で調べるよう告げてきた。
(スウェーデンのことを学んでほしかったんだけどなぁ。きっとカップ麵と缶詰のでき方に集中してると思うわ。あと、車とか電車にすごく驚いて、乗ってみたいって騒いでた。馬や馬車以外知らないからって。……馬って)
同様に、電気やガスや水道やテレビにも大いに驚いていた。そして、
「なんという便利な世界なんだ!」
と、いちいち感動していた。
この世界がどういうふうになっているのか、必死になって学ぶのだろうな、と多希は思うのだった。
「こんにちは。吉村です」
「ああ、すみませんね、呼びだしてしまって」
施設のスタッフがカウンターから出てきて、傍に置いているテーブルセットに多希を案内した。そして座るように促す。
「祖父がご迷惑をおかけしているみたいで、本当にすみません」
「いえいえ、ぜんぜん迷惑じゃないんですよ。むしろこちらのほうが申し訳なくて。食事が口に合わないと召し上がられないので、このままでは栄養失調になりかねません。なんとか召し上がってもらえるよう伝えていただきたくてですね」
「頑張って説得します」
「お願いします」
丁寧に礼をされて見送られながら、多希はエレベーターに乗り込んだ。祖父がいる六階のボタンを
押す。エレベーターはすぐに動きだした。
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