第2話
ここは多希が一人で暮らしている家だ。人がいるはずがない。だが、驚いている場合ではない。あの爆発の中、多希よりもレンジに近い場所で倒れているのだからケガをしているに違いない。特に子どもは。
急いで駆け寄り、揺すろうと手を伸ばして止めた。
(服がまったく汚れてないわ。あの黒い煙をもろにかぶっているはずなのに)
それでも状況を把握するために子どもの肩に手をやった。
「ぼく、大丈夫?」
ゆっくりと体を動かし、仰向けにする。それから心臓に耳をつけると、トクトクトクとリズミカルな音が聞こえてきた。
「よかった、生きてる。こっちの人は」
男性のほうも同じように仰向けにして胸に耳を当てると心臓の音が聞こえた。
ほっと安堵し、それから二人の様子を確認するが、外傷はない様子だ。しかも煙や煤で汚れることもなく至ってきれいだ。
(どういうこと?)
多希はここで初めて二人の外見が普通でないことに気がついた。
二人とも金髪で抜けるような白い肌をしている。
服装はアニメやゲームに出てきそうな作りの、長上着に首元には細かなレースのクラヴァットタイ、それを留めるピンには大粒の蒼い宝石がついている。
それが本物の宝石だと思ったのは、光沢のある生地が見るからに高級だとわかるからだ。こんな高価な生地の服にイミテーションの石を飾ることはないだろう。
それになんだかやたらとイケメンなのだが。
(めちゃくちゃ地位の高そうな感じの人なんですけどっ。それよりも、そもそもどうしてここに人がいるの。どこからどうやって入ってきた!?)
どの扉も窓も鍵がかかっているはずなのに。
(まさか……子連れで泥棒?)
もう一度よく見てみるが――
(コスプレ、で?)
思考が定まらない。それでも一瞬で部屋に充満した黒い煙は跡形もなくなり、まったく変化のない状態であることは把握できた。
さらに驚くべきことは、爆発したはずのオーブンが、開いてはいるものの無傷であることだ。
多希の脳内は大混乱だ。
「……う」
呻き声がして慌てて視線を向ける。男性の瞼が左右に動いている。
「大丈夫ですか!? しっかりしてください!」
「…………」
「聞こえますか!? 意識をしっかり持ってください!」
「…………」
「大丈夫ですかー! 聞こえてますかーー!!」
「…………」
「おーーーーーーーい!」
「うるさい!」
「へ――」
一喝され、多希はなにが起こったのかわからず、きょとんとなって固まった。
深藍に輝く神秘的な瞳がこちらを見つめている。しばらく互いに言葉なく見つめあっていると、男性は身を起こして周囲を見渡すように視線を巡らせた。
「ここは?」
「ここは私の家ですけど……」
「家?」
「ええ。すべての出入り口には鍵がかかっています。どうやってあなた方が入ってきたのか、すごく、そのぉ、疑問なんですが……」
言うほどにだんだん頭が冷静になってきて、この男性が泥棒ではないかという気が強くなってくる。であれば危険だ。姿を見られたとして襲ってくるかもしれない。
「それは私にもわからない。だが、王家に伝わる秘術を使い、『転送の業』で私は城の地下から別の場所に転送されて……」
王家? 秘術? 転送? 言っていることがさっぱりわからない。多希は首をひねった。
「あっ! アイシスは!?」
「アイシス? 隣に倒れている男の子のこと?」
答えると男性ははっと息をのみ、慌てて脇を見る。そして倒れている男の子を抱き上げた。
「アイシス! アイシス、しっかりしろ!」
「……う、ん……兄上?」
その瞬間、多希の目が丸くなった。
(兄? お父さんじゃなく?)
てっきり親子だと思ったのだが。
(この人、どう見ても私より年上で、アラサーって感じがするけど、子どものほうは小学校低学年くらい。ずいぶん年の離れた兄弟なのね)
二人を眺めながら、ぼんやりとそんなことを考える。
子どもは完全に意識を取り戻したようで、床の上に座ってどこも痛くないと体をひねって確認をしていた。
「君」
男性がこちらに向けて呼びかけてきた。
「君? 私? ……はい」
「さっきは怒鳴って悪かった。大きな声が頭に響いてつらかったものだから。それで、ここは君の家だったな」
「そうです」
「では、我々は勝手に入ってしまったということになる。すまなかった」
男性は片膝を床に突き、右手を胸に当てて頭を下げた。その姿は映画などで見る紳士の礼そのままで、多希は絶句して固まってしまった。
(なに、これ……ビックリかなにか? や、それはないよね、我が家で、ここは喫茶店内で……鍵かけてるから誰も入れないし……ってホント、この人たち、どっから入ってきたの!?)
ぼんやりしていると、子どものほうが立ち上がって店の中を歩き始めた。
「アイシス、やめなさい」
「でも……ここ、異世界じゃない? こんな建物とか内装とか調度品とか、見たことも聞いたこともないよ?」
異世界? と多希は思わず聞き返そうとしたものの、唇は動かなかった。
「まぁ、そうだな」
「どこの世界なんだろう。見たことのないものばかりだ。なんだろ、これ。焦げ臭い」
失敗したマドレーヌが入っているゴミ箱を指さしている。瞬間、多希の顔が羞恥で赤く染まった。
「オーブンが不調で焦げたのよ。けっして私の温度調節が悪かったわけじゃないわっ」
慌てて反論したけれど、多希ははっと息をのんだ。
(オーブンが壊れてないってどういうこと?)
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