第26話

 土日明 け私はいつも通り一人自分の席で本を読んでいた、頭に入っては来ないけれど文字を読む不毛な作業、とはいえほかにすることもないのでしているいつもの日課だった。

 周りは土日明けの憂鬱そうな顔ばかりの月曜日。普段通りの喧騒とおはようという声だったり眠いねーとかだるいとか、土日にどこか行ったとか、そんななんでもない会話。

 そんな中、声がかかる。


「ねえ」

 明らかな怒りを含む言葉だった。それを耳にしながら私はどうせ自分のことではないだろうと何も聞こえていないふりをする。

「ねえってば、登坂さん!」

 自分の名字を呼ばれてようやく本から目線を外して声の出どころを向く。そこに立っていたのは……最近よく見る気がする。燈火の友人の蓮島さんだった。


「何か御用でも?蓮島さん」

 応じると蓮島さんはプルプルと握り締められたこぶしを握っていて、相当に怒っていることがうかがえた。何かしてしまっただろうかと記憶を探るけれど特に何も思い当たる節がない。それどころか蓮島さんと会話するのすらこれが初めてといえるほどだ。

 記憶を探っていると蓮島さんのほうから口を開く。


「登坂さん燈火に何したの?」

「何というのは」

「とぼけないで、最近燈火が元気ないの登坂さんのせいでしょ。この前燈火を連れ出して多目的室でなにか話していたし。そのあと出てきた燈火ちょっと変だった、心ここにここにあらずって感じで、私の話聞かないし……」

「とりあえず落ち着いてちょうだい、蓮島さん」

「落ち着いてなんていられない、落ち着いていられるわけがない……」

 感極まりすぎたのか蓮島さんは涙声になっていた。


 どうでもいいけれど燈火はこんな面倒くさい人といつも一緒にいるのか。私みたいな人間からしたらこういうのは心底面倒くさい。

「本当に落ち着いてちょうだい、もう少しゆっくり説明をしてくれないと私も何かをしてしまったのならそれを理解もできないわよ」

「わかった」

 そういって何回か深呼吸する蓮島さん。意外と素直だ。


「じゃあこの間多目的室で話してたのは何」

「多目的室というのは先週私が燈火さんと話をしたことを言っているの?」

「そう」

「それなら、少し私が不手際を働いてしまったからその謝罪をしていたのよ」

「燈火、それ本当?」

 自分に振られると思っていなかったのか、さっきからこちらを見ながらも空気状態の燈火がびくっと肩を揺らす。少しして首を縦に振る。それを見るや否や、蓮島さんの顔はとても不安そうな顔になる。


「じゃあ分かったその件については何も言わない……」

「ではもういいのね?」

「まだある。ここからが本題……昨日なんで燈火と一緒にいたの」

 蓮島さんもあのビルにいたのだろうか。

「別にいいじゃない燈火さんと私が一緒にいるとあなたに何か不都合なことでもあるの?」

「ない、けど……」

「じゃあそれもいいわね」

「違う、そうじゃない……」

 蓮島さんは何かを言いにくそうに眉間にしわを寄せて視線を逸らす。しばらくして燈火のほうを一瞥してから再び口を開く。


「じゃあ、じゃあさ……昨日二人が屋上に一緒にいた理由聞いてもいい?」


 その言葉を聞いて一気に背中に寒いものが走るのを感じた。

 屋上でのこと、どこまで聞いていた。まさか昨日のハンカチは……。

 蓮島さんはなおも言葉を続ける。

「二人の会話聞いてるから、もう言い訳とか言いから」

 糾弾する側の蓮島さんの声は弱弱しい、恐らく屋上での会話をまだ認めたくないのだろう。どこまで聞かれているのかわからないけれど、あそこでの会話のどれを切り取っても蓮島さんにとっては認めがたい事だろう。

 燈火を横目で見てみると動揺して目を見開いていることしかできていない、今の状態の燈火にはこの状況をまとめる期待は出来なさそうだ。それよりも蓮島さんをこのまま野放しにするのはまずい。


 慎重に言葉を選んで話す。

「屋上というのはどこで何をしていた時の話?」

「だから、そういう探りを入れるみたいのいいから」

「……わかったわ。理由だけを話すのなら、ただ単に外の景色を眺めていただけよこれでいいかしら?」

「そんなんで納得するわけないじゃん。それにあそこ立ち入り禁止だったはずなんだけど」

「法に抵触するわけでもないのだしいいじゃない」

「燈火が一緒にいるならそんなこと素直にするとは思えない」

「あなたの知らない燈火さんの一面なのではないの?」

「ッ!登坂さんに燈火の何がわかるっていうの⁉」

「じゃあ、あなたは何かわかるっていうの?」

「わかるよ、私は燈火と小学校の時から一緒で誰よりも燈火のこと理解してあげてる。登坂さんとは比べ物にならないくらいには」

「でも燈火さんの秘密を知らなかったのでは?」

「違う、それは登坂さんが燈火のことを追い詰めて、燈火が自殺なんて考えるように誘導したんでしょ!」

 蓮島さんは決定的な言葉を口にする。どこまで聞いているのか探りを入れるのにはやや強引だったかもしれない。


 クラス中の視線を一心に集めてしまっているのを感じる。私はそんなことはどうだっていいけれど燈火の様子が気がかりだった、完全に仮面が外れてしまっている。香織と私を見比べながら胸のあたりをつかんで苦しそうにしている。

 そんな燈火のことも知らずに蓮島さんはなおも続ける。


「今まで燈火は私との約束を断ったり、一緒に帰るのを拒んだりしなかった。最近は思いつめたように何かを考えているみたいだし……ねえ、登坂さんもうこの際非を認めてほしいとは言わない。だからさ燈火に何したのかだけ教えて」

「どの口が……」

「え?」

 続けるな、そもそも燈火を苦しめたのは私だ。それは自分に言うべき言葉で……


「どの口が言っているの」

「どの口がって……」

「そのままの意味よ。あなた知らないの?燈火さんを本当に苦しめているのはあなたたちよ」

 私もその一人だ。


「勝手に自分の好きな燈火さんを押し付けて」

 自分だって強要しているんじゃないか?

「燈火さんをあんなにしたのはあなたたちじゃない!」

 最後に突き放したのは自分だ。

 出てくる言葉は本心だけれどすべてが薄っぺらくて、普段の自分らしくもない感情的な言葉の数々。けれど私の口はなおも止まらない。


「知ってる?燈火さんね両親が亡くなっているのよ」

 驚く声が聞こえる。そりゃあ驚くだろう親友の両親が亡くなっているとも知らなかったのだから。

「母親に至っては半年ほど前に亡くなっているそうよ。あなたたちはそんなことも知らなかったのでしょうね。燈火さんの笑顔になんの疑いもなく」

 蓮島さんは疑うような恐ろしいものを見るような眼で私を見る。すがるように燈火に視線をやっていたけれど燈火はその視線から逃げるように目をそらす。それをしてしまえばある意味肯定ととらえるしかなくて。


「嘘……でしょ」

「もう一度聞くわよ。あなたは燈火さんの何を知っているというの?」

 ああ、最後まで言ってしまった。こんなやり方やるべきではなかった。無理やり燈火の仮面を暴くみたいな真似、恐らく今燈火が壊れることなく保っている最後のものを私が壊している。

 蓮島さんは目を見開いて後ずさる。

 私はすべて言ってしまってから恐る恐る燈火のほうを見ると。


「登坂さん」

 笑顔だった。なんでこんな状況で笑えるのか。

 けれどよく見るとほほは引きつっていて、遅れながら燈火の異常に気が付く。

「香織」

 蓮島さんは名前を呼ばれて肩をびくりとさせる。


「もう、いい?私ちょっと保健室行ってくる」

「……一緒に行くよ」

 友人の一人が燈火に声をかける。

「ううん、大丈夫」

「本当に?ねえ大丈夫なの?」

「大丈夫だから……だから、お願いだからほっといて……」

 最後に燈火はそういうと教室を出ていく。


 追うべきか、いや追わないべきか。そんな逡巡をしているうちに燈火の背中が見えなくなってしまっていて。燈火が見えなくなってやっと足が動き始める。

 動かない蓮島さんを押しのけて廊下へと出た。

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