ね床を求めて-根無し草-

御飯田美味

旅立ち

第1話 初めての家出


 

 エルデベルデ公国12月24日本日はお日柄が良く、そしてさらに、デケンヴリオス様が初めて降臨された日だ。

 

 

 ──前日──

 

 

 明日あすの降臨式に向けガヤガヤと賑わう朝の市場。エルデベルデは裕福な国では無いが、どこの街も、村も、みんな活気がある。あっちこっちで私を呼ぶ声がする。ひとつ「ティーヌ様!!」聞き慣れた声を耳が拾う。それと同時に腰へ少しの衝撃とともに小さな腕がまわる。「へへっ!捕まえた!」ふらつきつつも「クルちゃんおはよう」と言うと「おはよう!!」と間髪なく返ってくる返事が心地よくて愛おしい。

 

 「クルちゃんお母さんはどうしたの」

 

 「お母さんまた迷子!こまっちゃう!!今日は買い出ししたあとリルの散歩するって約束してたのに!」

 

なんとも幼児らしい発言だ。クルちゃんらしくて頬が緩む。

 

 「うーんそうだな、リルちゃんは木の実なら何が好きなの?」

 

 「リル?リルは木の実よりコッキノペフコのペフボックリが好きだよ!」

 

なんとも偏屈なリスだ。ペフボックリなんて人間そうそう持ち歩いてないよ!

 

 「弱ったなあ…どんぐりじゃ、だめ?」

 

なんて聞いてみる。

 

 「どんぐりー!リルの2番目の好物だよ!」

 

クルちゃんに声をかけ市場の隅により、抱えるほどの麻袋を斜めがけのずた袋から取りだす。地面に置く。麻袋を開くと溢れんばかりのどんぐりが入っている。両手いっぱい分を小さな麻袋にうつしクルちゃんに渡す。

 

 「わぁー!こんなにいいの?リルが喜ぶよ!」

 

 「それは良かった。所でひとつクルちゃんのお母さんの居場所に宛があるんだけど、一緒に行く?」

 

 「んー行かない!お母さんは私が見つけるの!」

 

そう言って胸を張ったクルちゃんは小さな麻袋を大事そうに腰紐に括り付けた。

 

 「ふふっさすがクルちゃんかっこいいね。気をつけていくんだよーー!」

 

私が喋ってる間にクルちゃんはみなぎるやる気のままに走り出していく。クルちゃんの今日が良い日でありますように。

 

しばらく街を観てまわる。デケンヴリオス様の降臨式の3日前から当日にかけては必ず晴れる。デケンヴリオス様も明日あしたの音楽と踊りに溢れたお祭りを楽しみにしているのだろう。空を見上げると木造の建物たてものから建物たてものへと麻紐の線が引かれている。その麻紐には色とりどりの布に服、稲からはたまた干し肉まで吊るしてある。

 

そんなことを考えていると一際大きな声がかかる。

 

 「よぉ、ティーヌ様!まーたお屋敷を抜け出したのかい?」肉屋のおっちゃんはすぐに人をおちょくる。そういう習性でいつもの事だ。こういう時は努めて明るく返す。

 「抜け出したなんて人聞きの悪い!お出かけしてるだけよ!」と言えば「がはははっ良く言う!」と肉屋のおっちゃんは快活に大口開けて笑う。ああ、今日も良い日だ。

 

 「ところでティーヌ様、降臨式に食べるレフコスジカの肉はもう買ったかい?」

 

 「ふふっおかしいの!そのためにここにいるんじゃありませんか!」


思わず笑いがもれる。だって本当におかしいのだ。オベナール領の領都最大の市場にして肉屋としての最高峰、そんな店主がよく言う。


 

 「で、とっておきを仕留めたんですか?」

 

 「あー!そうなんだよ姫さん!そりゃ〜もう立派で毛並みも良くて!是非オベナールの皆さんに召し上がって頂きたい!!」

 

少し興奮状態のようだ。よっぽどお父様に食べてもらいたいらしいと微笑ましく思う。

 

 「じゃあその子を5キログラム…と、そうね、600グラム頂こうかしら」

 

 「あぁ、大人買いですなぁ。ティーヌ様も大きくなられまして本当にようございます。これからもオベナールをよろしく頼みます」

 

肉屋のおっちゃんはそう言って両の手のひらを合わし擦り合うようにいのる動作をする。

 

 「…ネティスもよく励んでいるわ。オベナールは安泰よ。」

 

 「あぁそうですな…!そうだレフコスジカを5キログラムと600グラムですな!切り分けてきますから少々お待ちを!」

 

そう言って店の奥へ入っていったおっちゃんを尻目におっちゃんが伝え忘れたであろうレフコスジカの値段を計算する。

 

 「んっと、100グラム、5ベルだから500グラム25ベルで、600グラムが30ベル。5キログラムが250ベルの合わせて…」

 

280ベルね。おっちゃんがドジな分ちょっと用意周到な自分が誇らしくなる。なんて思っていると戻ってきた。

 

 「お待たせしました!え〜とお代は…」

 

 「280ベルだよおっちゃん」

 

私はそう言って代金を支払い、朝採ってきたキオンカトの葉をずた袋から数枚取りだし勘定机に置く。キオンカトの葉とはここらでは馴染み深い薬草兼食用の葉だ。キオンカト草の高さは中心の茎がおよそ1.5メートルととても大きな草だ。葉っぱはその3分の1位の高さまでしかないが採りやすくて良い。葉っぱも大きくて、食材を包むのに良い。

 

 「おぉそうかそうかいつも悪いねぇティーヌ様。はい、オマケ!これもとっておきのおっちゃん特製干し肉だ!」

 

そう言っておっちゃんは私の手に綿袋に入った干し肉を持たせた。

 

 「…ありがとうおっちゃん。最高だよ」


 「へへ!だろ〜?ティーヌ様は昔からこれが大好きだもんな!」

 

 おっちゃんはそう言いながらキオンカトの葉に肉達を包み麻紐で縛っていく。本当に、今日は良い日だ。

 

 

_______________

 

 

腰まである枯れ色の髪が風に揺れるなか1本もこぼさぬよう器用にまとめ、片手で持つ。もう片方の右手にはナイフ。

 

ゆっくりとした動作で右手を後頭部に垂らし───ばさりと絶つは髪か縁か。

 




─────────────────────


分かりにくい等ございましたらなんなりと!🙇誤字報告も嬉しいです!

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