かつて僕を振った超絶ビッチな元カノ美少女が、今は義妹になったのに誘惑してくる件
救舟希望
第1話 出会ってから好きになるまで
僕、近藤卓と、大切な友、朝森海斗と、問題の彼女、五十鈴五花の話をするにあたって、まず中学の頃の話を振り返らせてほしい。
そのために、最初に簡単な僕の生い立ちから説明させてもらう。
僕は幼い頃に父親を事故で亡くしたために母子家庭で育っており、昔から絵を描くのが好きな子供だった。
住んでいるのは、母が祖父から遺産として継承した古ぼけた木造の一軒家で、家は二人で住むには広すぎるほどに広く、使ってない部屋がいくつもあるような状態だった。
小さい頃の僕は、そうした部屋を探検しては、祖父が残した謎の木彫りの像を発見して恐れおののいたりしていたものだった。
そんな僕が本格的にイラストに目覚めたきっかけは、実を言うと今でもはっきり覚えている。
ある日、母親が父親の写真を見つめて寂しそうにしていたのを僕は見つけてしまった。
僕は、その孤独を埋めてあげたいなと本能的に感じて、母親と、写真に写る父親が仲良く手を繋いで、その間に自分がいる簡単な絵を描いた。
母に「これで寂しくない?」と言いながら渡したその絵は、母を思わず感涙させてしまう。
僕は、その涙に衝撃を受けた。
絵というものが、人の心をこれほど揺さぶる可能性を秘めたものなのだという事を、僕は肌で感じ、体験として理解したのだ。
それ以来、僕はイラストを描く事を習慣としている。
中学の入学祝いに安いPCとペンタブを買ってもらってからは、デジタルイラストなども描くようになった。
だけど、僕は不思議と美術部には入る気がしなかった。
なんだか、油絵や水彩画などを見ても、いかにも画家って感じのお高くとまった連中が描いている絵のように思えてしまい、それが母のような素人にも理解される絵だとは思えなかったのだ。
僕はそれより、マンガやイラストのような、素人が見ても感銘を受けやすい絵、ストーリーが伝わる絵に惹かれる傾向があった。
それゆえに、美術部に所属している後の親友、朝森海斗に出会うまでには、中学2年のクラス替えで同じクラスになるのを待たなければいけなかった。
当時の僕が考えていたのは、もっと、素人が見ても。あ、可愛い、あ、綺麗、って気軽に思えるようなイラストが描きたい、という事だった。
でも、よく見ると、そこに何か感じさせるような深みがある、というのが理想だった。
初めて海斗が教室で描いていた絵を見たとき、海斗はそれが出来る奴なんだと一目で理解した。
僕はすぐに海斗に話しかけ、瞬く間に僕たちは意気投合した。
僕たちはお互いの家に遊びにいったりしながら、この漫画が面白い、このイラストレーターが神、あのアニメの作画がヤバいといった話で盛り上がり、ときには二人で映画を見に行ったりしながら、友情を築いていった。
海斗はイラストや漫画のような絵も描くし、油絵や水彩画も描いた。海斗の絵画を見せてもらった事があるが、僕にはプロの画家などと比べても遜色ないようにすら感じた。それくらい海斗の絵の技術は抜きんでていて、幼い頃からコンクールなどでいくつも賞を取った経歴を持っているらしい。僕は海斗の技術を純粋に羨ましく思い、同時に尊敬していた。
そして、海斗は思慮深い控え目な性格をした男で、僕以外にあまり友達がいる様子はなかったが、その人格は極めて優れていて、一緒にいて楽しいと思う事しかなかった。そうした一面も、僕が海斗を好きな理由だった。海斗は結構イケメンだったので、女子の中には隠れたファンがいる様子もあり、時々僕に海斗と話してみたいという相談が来る事もあったが、面倒がって僕は直接本人に言えばいいと伝えてしまっていた。その後海斗が女子と話している様子はなかったので、結局勇気が出なかったのだろう。
そんな日々を送っているうちに、あっという間に1年が過ぎた頃、中学3年のクラス替えがあり――
僕は、彼女に出会った――
出会ってしまった――
その出会いは、一言で言えば鮮烈だった。
中学3年のクラス替えが済み、ひとまずホームルームの自己紹介を済ませて休み時間が訪れた。ホームルームの間、僕はろくに人の自己紹介も聞かず、一人でイラストを描いて過ごしていた。
休み時間が訪れた後も、机に座って、誰かに話しかけるでもなく一人でイラストを描いていた僕の目の前に、突然、まばゆい超絶美少女の顔が現れた。
「わ、絵、上手いんですね。すごく可愛い格好をした女の子です」
少女は聞いた事がないほど可愛らしい声でそう言いながら、絵を描こうとしていた僕の顔を下から覗き込むように、机と俺の顔の間に自分の顔を割り込ませて、至近距離まで接近していた。
「うーん、顔は一見普通の男の子なのに、それがこんな技術を持っているなんて、なんだかおもしろいですね」
少女の顔も、僕が今まで見た事ないほどに綺麗に整っていた。可愛い。なんだこの可愛すぎる生き物は。
そして、少女のくりくりっとした瞳が僕の瞳の奥まで見通さんばかりに下から覗き込んでいる構図に、僕はドキドキとしていた。前かがみになった胸元からは、豊かに膨らんだ少女の胸の谷間が見えていたりもして、僕は腰のあたりがぐらりと熱を持つのを感じた。
何を返せばいいのか分からなかったが、せめてプライドが保てる返しをしなければと思った。
「……普通の顔で悪かったね」
「ふふ、ちょっと面白い返しですね。なるほど、ちょっと頭良さそうだし、なんかいいかもです」
なんかいいかも、というのは、僕が異性としてなんかいいかもという事なのだろうか。それともこの会話がちょっと楽しいという意味でなんかいいかもなのだろうか。
そんな馬鹿みたいな思考をしてしまう程度には、目の前の少女は可愛かった。本当に可愛かったのだ。だから……
「……名前は?」
僕はクールぶって、少女の名前を聞く。
「五十鈴五花です。よろしくです、近藤卓くん。たっくんって呼んでもいいですか? いいですよね?」
少女の話し方は一見礼儀正しそうにも見えるのに、言ってる事はぐいぐい前にフルスロットルでアクセルを踏んでいて、なんだかおかしかった。僕の名前を知っているあたり、彼女は自己紹介をちゃんと聞いていたらしい。
「初対面でたっくんはないでしょ」
「ええ、いいじゃないですかぁ。わたしとたっくんの仲という事で、許してくださいよぉ」
「……僕は五十鈴って呼ぶけど、それでいい?」
「ダメです、五花って呼んでください。わたし、自分の名前、好きなんです。パパが名付けてくれたから」
少女はその時、その愛らしい瞳を、なんだか急に闇に沈んでしまったかのように暗く輝かせた。
僕は、その様子を見て、なんだか今まで以上に少女、五花の事が気になってしまった。
なにか、家族関係で暗い想い出でもあるのかなと想像させてしまうような、そんな闇を五花の瞳は孕んでいた。
「そっか。パパの事、好きなの?」
「……はい、大好きです……ママは、もういないから」
「……そうなんだ。僕は逆で、パパがいないんだ。ママだけだね」
「……そうですか。なんか、わたしたち、仲良くなれそうですね。というか、仲良くしてくださいね?」
「うん、いいよ」
今から思えば、僕はこの時点で、彼女、五十鈴五花の本性を1%も知ることが出来ないでいた。
だが、その1%だけでも、僕が彼女に惚れるには十分だったのだ。
そう、僕は五花に既に惚れてしまっていた。
なにせその日、僕は家に帰ってすぐ、五花の事を想いだして、五花のイラストを描き始めてしまったくらいだ。
それくらい、鮮烈な印象を残す容姿だったのだ。
肩まで伸ばした色素の薄い茶色の髪は、頭の右上にお団子がのっかっている形で編まれていて、なんとも可愛らしい。髪の毛はこれ以上ないほど細くさらさらとしていて、可愛さとともになんだか儚い印象を受ける髪だった。
二重のぱっちりとした目は、目があった瞬間男なら恋に落ちずにはいられないほどに可愛く、小さな鼻筋の下の可愛らしい唇は、薄くリップが塗られて誘うように桃色に輝いていた。
白い頬はわずかに紅潮していて、なんだかいけない事をしているような雰囲気を感じさせる妖しい色香がある。
適度に着崩した制服を押し上げるように大きく成長した胸と、その下で細くくびれた腰は、思わず永遠に見つめていたくなるほど綺麗なボディラインを形成していた。一言でいうならエロかった。
足も細く綺麗に伸びていて、流行りのアンクルソックスがその美脚を生々しくも健康的に惹き立てている。
だが、彼女の容姿の中でも特筆すべきは、その特別な"瞳"だろう。
小さな鼻筋の両脇についた、真ん丸に近いのではないかというほどぱっちりとしたうるうると潤んだ黒瞳は、確かに男を惹きつけずにはいられない魅惑的で、蠱惑的なものだった。
それだけでも十分注目に値するだろう。
だが彼女の瞳は、視線は、他の女の子とはなにかが決定的に"違う"のだ。
一見すると無邪気で明るいように思えて、その奥には確かな知性が灯っている所も、彼女の瞳の魅力だろう。
だが最大の魅力は、その奥深くを覗こうとしたときに感じる、まるで途方もない闇、深淵を覗いてしまったかのような、ぽっかりと空いた空洞だ。
そう、彼女の心は、おそらくだが、どこかが決定的に欠けている。
その欠落が、彼女の明るさ、無邪気さ、頭の良さ、そういった数々の長所を、破壊的に男を魅了するような性質へ変えているのだ。
それは恐ろしい事だった。
一般的な中学生男子程度の知能では、自分に何が起こっているのか、彼女の何が自分にそうさせているのかも分からないだろう。
ただ、気付けば、目の前の美に圧倒されて、彼女の求める物を全て与えたいと願い、彼女に欠けた物を全て埋めたいと願っているのだ。
そうしていつの間にか彼女の事が頭から離れなくなり、彼女の可愛らしい表情に秘められた魔性の側面が、意識にこびりついて取れなくなっていく。
彼女はそういう不可逆で破滅的な変化を男に生む。
そんな、圧倒的で、隷属的な、それでいて明るい無邪気な少女、というのが、僕が思う彼女、五十鈴五花の人物像だった。
僕は目の前のイラストで、少しでもその魅力を表現したいと、必死になってペンを入れていく。
夢中になって作業しているうちに、気付けば夕飯の時間になり、すぐさまそれを平らげると、またイラストの作業に戻った。
*****
そのイラストは結局五花には見せないまま、僕と五花はクラスメイトとして順調に仲良くなっていったかに見えた。
「わ、たっくん、また可愛い女の子が出てる本読んでますね。可愛い女の子と付き合いたいなら、ちゃんと現実で好きだよって言わないとダメですよ? ほら、試しにわたしに言ってみてください」
本性を現してきた五十鈴五花は、こんな事を言って男心を弄ぶ、魔性の少女だった。
僕は挙動不審になって、しどろもどろになりながら、こんな返ししか出来なかった。
「……いや、言えるわけないから……というか、キミは可愛い女の子なのかい?」
本来であればもう少し知的でウィットの効いた返答をしたいところだった。だが僕の彼女へのどうしようもない恋心が、神経の正常な働きをズタズタに邪魔して、そんな焦ったような返ししかさせてくれなかった。
「え、わたし可愛くないですか? 可愛いですよね? ほら、こうやってたっくんの手を握って、ぐぐっとたっくんの顔にわたしの顔を近づけると……たっくん、顔真っ赤になりますよね? これが可愛いって事の証明です。Q.E.D.って感じですね? わたしって知的かも~」
さらに追撃として送り出されたその言葉と行動に、かぁあっと、顔を耳まで真っ赤にした僕は、黙って立ち上がり、掴まれた彼女の手を振り払って、その場から逃げ出してしまう。
「わわっ、逃げちゃうんですか? たっくんはそういう所が可愛いから、からかうのが面白いですね! あははっ! あははははっ!」
そうして廊下の角まで逃げ出した僕は、彼女に掴まれた左手の感触が、まるで心臓を鷲摑みにされたような衝撃として残っているのを感じ取り――
そして、思うのだ――
ああ、五十鈴五花はどうしてああも可愛いんだろう――
これについては、本当にずるいと思っている。
いくらなんでも、彼女は可愛すぎるのだ。
「僕は……もうダメかもしれないな……」
そんな独り言をつぶやいてしまう程度には、僕は五十鈴五花という少女の魅力に参っていた。
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