第20話 終幕ーはじまりの終わりー
からん、ころん、ガラスの玉がぶつかり合う。
貝合わせも、おはじき遊びにも飽きた。歌詠みや箏の練習もずっとしている。
南雲から連れてきた侍女たちは、わたくしの意見を尊重してくれる忠実な僕たち。
先んじてわたくしの宮に東宮様がお渡りくださったことも、ちゃーんと噂を広めてくれているし……
もうそろそろ次のお渡りがあってもいい頃合い。
どうしても来ないなら、次の手を使えばいいだけ。
忌々しいあの女を未だに気にかけているようだけど、あの女の悪評なんていくらでも作れる。
我が家にはあの女の味方はいないし、口裏合わせるぐらい造作もない。
初めてお会いしたあの日から、わたくしは東宮様に相応しい妻となるべく努力してきた。
東宮様の妻となる。それはつまり国母とことと同義。だからわたくしは努力し続けたのだ。
教養も、芸事も何もかも。身につける品だって一級品ばかり。
他家の姫がどうであろうとも、わたくしに劣るところは何一つない。
『望んだのはお前じゃない。燕だ!』
からん、とガラス玉を弾く。
昔から気に入らなかった。お父様をお母様から奪った女の子供。
そのせいで分家筋からは所詮、側室の子供と揶揄されていたのだから。あの女は斎宮を追い落とされたという話なのに。正室というだけで大きな顔をされてはたまならい。
それに側室の子供だから何だというのだ。あの女がお母様からお父様を奪っただけの話じゃない。そもそもお母様とお父様は思い合っていたというのに……
その証拠に、わたくしとあの女の生まれ月は数ヶ月程度。
お父様がいかにお母様を愛していたか、そしてあの女が子供を産むためだけに嫁がされてきたのかがわかる。
ああ本当に親子揃って忌々しい……!!
無意識に爪を噛みそうになり、ハッとする。
いけない。わたくしは完璧でなくてはいけないのに。頭のてっぺんからつま先まで、美しく完璧でなくては……東宮妃に、いずれは皇妃になるのだから。
「――――千夏様」
「なあに?」
「北の姫君からお茶のお誘いが」
「そう……北の姫君は、ずいぶんとお暇なのね」
「東宮様がお渡りになったのが、千夏様だけですからね。偵察もかねているのではないでしょうか?」
「偵察、ねぇ……」
北雲の花姫は東宮様よりも年上。本来なら、同じ年頃か年下が花姫には相応しい。
だが北雲は年上の花姫しか出せなかった。帝様のご実家が北雲ではあるが……きっと、北雲は藤の宮様が東宮に立つと考えていたのだろう。そう考えれば年齢が釣りあう。
そういえば、東郷も年上だったわね。年下なのはわたくしと西郷の花姫だけ。
花姫は皆同じ日に入内する。入内した日で優劣を付けないためらしいが……それ故に顔を合わせることはない。
本来なら、顔合わせぐらい終わってるはずなのだけど。東宮様が忙しいのでは仕方ないわね。
「どうなさいますか?」
「いいわ。出ます。きっと他の姫にも声をかけているでしょうし」
正直退屈していたのもある。それに向こうがわたくしを見たいように、わたくしだって相手を知る必要があった。実際に会ってどの程度なのか見極めなくてわ。
***
沈花宮は東宮御所の中でも北に位置している。
とはいえ庭の手入れもそうだが、植えている花もずいぶんと良い物をそろえていた。
「庭を気に入ったか?」
「……ええ、大変素敵なお庭ですね」
「うむ。妾は花をよく愛でる。なので四季折々の花を植えさせているのだ」
姫、というには少々勢いのある女ね。ニコニコと話ながら、主賓らしくわたくしたちに茶を振る舞う。所作はまあまあ。悪くない。
北雲にしては、ずいぶんと自由な姫を送り込んできた。
北雲は帝様の母君の生家。帝様ご自身があまり四家の発言力が強まるのを良しとしない性質のせいで、そこまで発言力はないけれど……
今一番発言力があるのは、やはり東郷かしら? 東宮様の母君の生家というだけでなく、東宮様ご自身も東郷で過ごされている。
幼馴染みは、そこまで気にする必要ないかもしれないわね。チラリと東郷の姫に視線を向けたが、無感情すぎて何を考えているのかよくわからない。
西郷の姫はわたくしよりは年上だけど、東宮様よりは下。所作も隙がなく美しい。
わたくしと容姿で張るとしたら、この女ぐらいね。
一人ずつ、品定めをする。
それを行儀が悪いとは思わない。わたくしがしているなら、相手もしているからだ。
「ところで、南雲の姫よ。そなたは唯一、この中で東宮のお渡りがあった姫だ」
「そうですわね」
「東宮は、なぜこんなにも妾たちの元を訪れぬと思う?」
「さあ。わたくしにはなんとも……」
首をかしげると、髪が揺れる。
儚さと、可憐さを併せ持った仕草に北雲の侍女たちはわたくしに見とれていた。
「そうはいっても何か理由があるはずだ」
「わたくしからは何も申し上げられませんわ」
「そのいい方は、知ってるといっているようなものではなくて?」
西郷の姫がわたくしたちの会話に割って入ってくる。鈴を転がしたかのような、可憐な声。わたくしと北雲の姫の視線が西郷の姫に向く。
「わたくしが、知っているとどうしてお思いですの?」
「含みのあるいい方は、いいたいといっているのと同じでしてよ?」
確かに東宮様が花姫の住まう後宮に足を踏み入れないのには理由がある。あの女がいないからだ。でもそれをいうのは業腹……いや、これを使えば皆の共通の敵になる。
たとえあの女が見つかって後宮に来たとしても、追い出すことができるんじゃ――――!
「……本当は、東宮様に口止めされておりますの」
「口止め、とな?」
「ええ。東宮様が後宮にいらっしゃらない理由は……恥ずかしながらわたくしの姉にあるのです」
「姉? 南雲には姫君は貴女一人ではなくて?」
「表向きはそうなっておりますが、もう一人いるのです。身内の恥をさらすようで、申し訳ないのですが……姉は父が無理矢理娶らされた正室の子。わたくしは、側室の子なのです」
斜め下を向き、かすかに震えてみせた。
「その正室の娘は?」
「東宮様の妻になることを拒み、出奔しているのです。わたくしは姉の代わりに入内を……もちろん花姫となることは名誉なことです。特に南雲は中央から遠ざかっていましたし」
「なるほど。たしかに南雲は最近、中央から遠ざかっていたな」
「わたくしは、そのことを正直に東宮様に申し上げました。そうしましたら、東宮様は姉を探すと」
「なぜだ? 出奔した姉なぞ必要なかろう?」
「平等に機会を与えるべきだと考えられたのです。その、姉は我が家で虐げられていたと虚言を振りまいておりましたので」
「虚言?」
「ええ。それを東宮様は信じておられる様子でした。そんなことありませんのに。むしろ……ああ、いえ。なんでもありませぬ」
意図的に会話を切って、想像力をかき立てさせる。
この場にいる者の頭の中では、正室の子供と側室の子供という対立図が浮かんでいることだろう。
無理矢理嫁いできた正室の娘。そしてその代わりに花姫となったわたくし。
嘘はいっていない。
あの女が傲岸不遜にも、わたくしの立場を脅かしたのは事実。たかだかほんの数ヶ月先に生まれただけで。だから系図からも消してやった。
名がなければいないのも同じこと。
いくら探しても見つかるわけもない。
「ふむ。ふむふむ。つまり東宮様は本来の南雲の花姫が入内せねば、妾たちの元も訪れぬと考えているのだろうか……」
「そうかもしれません。皆揃ってから、顔合わせや今後のことをお考えなのでは?」
「だがなぜ、そこまでそなたの姉を優先する?」
「――――幼い頃に、まだ立太する前にお会いしたことがございます。わたくしを覚えておいででしたし、姉のことも覚えているのではないでしょうか?」
「それにしても、入内してからもうすぐ一年。こんなに放置されれば思うところもあるのでは?」
「ええ。そうですわね。姉のせいで皆様にはご迷惑をおかけしていると……」
「そうではなく、東宮様の方よ」
西郷の姫は手に持っていた扇子を胸元でギュッと握る。
北雲の姫も彼女に同調するように頷いた。
「そうだな。妾たちは東宮の妃になるために集められた。いくら何でも放置しすぎだ」
「わたくしたちの連盟で御文を上げたらいかがかしら?」
「そんな、恐れ多いですわ」
「なに。我らは東宮の下、花姫となるべく集まった。協力できるときはすべきよ」
「本当に、ありがとうございます」
涙を浮かべながら、わたくしは頭を下げて見せた。
あとは噂を流すだけ。あの女がいかに酷い女なのか、東宮様に相応しくないのか、を。
来るなら来なさい、燕。たとえ東宮様に望まれたとしても、お前に居場所なんてないのだから――――
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