第18話 椿 3
月の出ている夜に、轟音が鳴り響く。
普通なら有り得ないが、質の良い刀と揚羽が作った札。それが揃ったことで上手くいった。
これで猩猩も黒焦げ、のはずだ。
炎で浄化できないものはない。使い方を誤れば一大事だけども。
「――――紫」
「たぶん、大丈夫なはずです。あの雷を受けてまで生きてたら、相当ですよ。炎は全てを浄化します」
なのでこの場からの撤退を! そういうと、車副の二人は私を牛車に放り込んだ。
「みゃっ!」
「急げ! 急ぐんだ!!」
「なにも相手が生きてるか確認する必要はない!!」
それはそう。だけど牛車に投げ込まなくても……おかげで蘇芳様もちょっと痛そうだ。
なんせ放り込まれた私を受け止めたのだから。
刀を持っていたのもあって、受け身がとれなかったせいだけど。
しかも牛車がもの凄く揺れる。下手に動くと剥き身の刀身で怪我をしてしまいそう。
外からは車に繋がれてる牛をムチで叩く音がする。
そして車副の二人が「急げ!!」といいながら、外を走ってる音。
「紫、動かないで」
「でもですね……」
「動かなければ、刀は触れないよ」
「そうなんですけど、ちょっともう眠くて……」
「うんうん。よく頑張ったね」
「でも、まだ……」
なにか凄い力が持っていかれた。でも結果は牛車を中心に車副の二人も守っている。
お屋敷に着くまでたぶん、大丈夫だろう。それにお屋敷に戻れば揚羽がいる。
そうだ。揚羽が、三葉も――――
そのまま私の意識は途切れてしまった。
次に目が覚めたのは、三日後。
目を覚ませば、私の顔をのぞき込むように揚羽と三葉が見ていた。普段はもふもふとして愛らしいけど、さすがに起き抜けに狐の顔は驚きの方が勝る。
二人は私の顔をジッと見たあと、お互いの顔を見て頷き合う。
「えっ……あ、なに!?」
「ようございました」
「ええ、あれだけ力を使われても此度は三日でお目覚めになりましたね」
「えっと……?」
「覚えておりませぬか? 水府からの帰り道で猩猩に襲われそうになったことを」
「しょう、じょう……? あっ!」
「日が昇ってから、車副や警備の者が確認にいきました。黒焦げになった何か、が合ったそうですよ」
「もちろん人ではありませぬから大丈夫ですよ。形からして猩猩に間違いないそうです。それに棒で突いたら粉々に崩れてしまったそうですし」
「黒焦げ……粉々……?? じゃあ、成功した?」
「ええ。ほんに、おめでとうございます」
「あ、うん」
私はまだ重怠い体を無理矢理起こす。
三日も寝ていたから体が鈍っているのだろうか? 軽く首をかしげると、三葉に「力の使いすぎ」といわれた。
「力の使いすぎ……」
「ええ。派手に使いすぎたのですよ。そこまで出さずとも、できましたでしょうに」
「いや、その……猩猩と対峙するのは初めてだし。それに蘇芳様たちを守らないとって」
「皆様感謝されておりましたよ。全員無事に戻ってこられたのは燕様のおかげだと」
「たくさん、お世話になってるからね。このぐらい役に立てないと」
「蘇芳様はともかく、車副の二人は死相が浮かんでおりましたから」
「し、死相!?」
「大丈夫ですよ。もう消えています」
「大丈夫です。その原因を消したのですから」
二人は交互にそういってくる。イヤ死相って……わかっていたなら教えてほしかった。そんなの私じゃわからないし。
思わず文句を言ってしまうと、二人はまた顔を見合わせた。
「それは無理でございますよ。死相が出ているなら、それはそういう運命です」
「人はいつか死ぬもの。それが早いか遅いかの違いです」
「だけど……」
「姫様、姫様の力は万能ではありません。今回は運良く助けられましたが、次も同じとは限らないのですよ」
「それに――――知ってしまったら、姫様は助けようとなさるでしょう?」
「それは、だって……」
「よいですか? 繰り返しますが、姫様の力は万能ではありません。そして万能にもなれません。ただの人の子なのです」
「なんでも、誰でも助けようなど神になるおつもりか?」
分を弁えなければいけない。二人はそういった。
人とは違う力を有していても、それは必ずしも人を助けるために使わなくてもいい。そして助けられなかったからといって、気に病む必要もないと。
そうだろうか? 私は、助けられる人は助けたい。
でもこの気持ちは、自己満足なのだと……
「自らの身を守ることさえままならぬお方が、他者の命を救おうなど烏滸がましいのですよ」
「人間はそこを間違えるから、身を滅ぼすのです。青羽の君も、お母君も……あのとき見捨ててしまえば良かったのです」
「……二人は、知っていたんだね。母上が斎宮を辞めさせられたの」
「ええ。才ある方でした。歴代の斎宮の誰よりも」
「ですが完璧であればあるほど、他者からは何もしていないように見えてしまったのです」
助けたいと思う心が、周りとの軋轢になってしまった。
人は理解できない者を嫌う。自分ではできぬことを軽々とできる者を厭う。
その結果が今に繋がっている。
「良いですか、姫君。貴女様は完璧を目指してはいけません」
「たとえどんなに国のためになろうとも、平和を享受しきった者たちは感謝なんてしないのですから」
「それは……そうかもしれないけど……」
「誰かの役に立つ。それはよい心がけかも知れません。ですが、御身を犠牲にしてまですることではありません。自らの幸せを優先し、余剰分があればそれを渡すぐらいで良いのです」
人は欲深な生き物だから。搾取できる相手からは、どんどん搾取していく。
二人はコンコンと私に解いた。
***
その日の夕刻。暁が私を訪ねてきた。
「――――燕、悪い話といい話どっち先に聞きたい?」
「え、なにそれ??」
私が首をかしげると、暁は自分の頭をガシガシと掻く。どこか落ち着かない仕草に、私はもしや……とあることに気がついた。
「……暁、もしかして……バレたの?」
「そうだ。でも俺がいったわけじゃない。原因はお前だ」
「私?」
「お前、数日前に派手に力を使わなかったか?」
「……使った。猩猩に、襲われそうだったから」
「そのせいか……」
「だって、仕方ないよ! 蘇芳様も車副の二人も一緒だったんだよ!?」
「それは、まあ……仕方ないんだけど……」
暁がいうには、私が派手に力を使ったせいで旭に感知されたのだという。
ただ感知できたのは一瞬のこと。そのときは気のせいか? と思ったらしい。
「だけど次の日――――藤の宮が、お前の力の気配を纏ったまま出仕した」
「私の力の気配……?」
「どうやら藤の宮にお前の結界が張られていたみたいでな」
「張った覚えないんだけどな??」
チラリと揚羽たちを見ると、何度か頷かれる。
もしや無意識に張ったのか?
「まあともかく、お前の力の気配がする。どこかにいるって、正殿に行ってな」
「ああ、蘇芳様は帝様の側に控えてるものね」
「そう。それで、危うく殴りかかるところだった」
「は?」
「いや、お前の気持ちもわかる。だが俺は寿命が縮まった。なだめすかしてなんとか、止めたんだけどな……自分の花姫の香りが、自分以外の龍から香るのは我慢ならんらしい」
「いや、知らないし」
バッサリと切り捨てる。そもそも、だまし討ちのように花姫になったわけで! 花姫の存在がどれほど重要なのかと知っていたらなっていなかったし!!
「まあつまり、お前が目を覚ますまでずーっと正殿に通い詰めてる。藤の宮は藤の宮で、お前の居場所を話すつもりはないからな」
立場的には旭の方が東宮位にあるので上だ。だけど、帝様が旭を止めた。
東宮よりも偉いのは帝だもの。その場を納められるのは、帝様だけ。その帝様が旭に「花を咲かせていない花姫は認めない」と告げたそうだ。
「えっと、悪い知らせはわかったけど……いい知らせは?」
「良い知らせはそれだよ。それ。主上が認めないといった。旭はそれを覆せるだけの、力がない。なんせお前の居場所はわかってないからな」
「居場所がわかってないってことは、私は普通に出仕して大丈夫……ってこと?」
「いや、出仕してって……」
「勉強になるんだよ。蔵人所」
「そうか……じゃなくて! さすがに居場所はわからなくても、藤の宮の側にいるのはわかるだろうよ。お前の気配がするんだから」
「そ、そうか……」
「でも今のままじゃ埒があかん」
「そう、だね?」
「だから一度お前は旭に会ってもらう」
「――――は?」
悪い知らせと良い知らせといっておきながら、どれも悪い話じゃないか!!
暁に八つ当たりしそうになったが、グッとこらえる。
「そんなわけで主上からの文だ。ちゃんと、読んで返事しろ」
そういうと、私の手に帝様からの文をそっと置くのだった。
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